第13話 カイルside


 私はその場所から動けなかった。挨拶しに行けばサーシャと久しぶりに話せるとわかってはいたが、いざとなれば何を話せばいいのかさえ思い浮かばない。情けない話だ。女など声をかければいくらでも靡いてくると言っていたのはつい最近のことなのに。元婚約者に声をかけることさえできずに遠くから彼女の様子を眺めることしかできない。

 それにしてもあの男は誰なんだ? 新しい婚約者か? だがすごく親しい感じだ。昔からの知り合いにしか見えない。どこかで見たことのある顔だが思い出せない。

 男は視線を感じたのか私の方を向く。目があった。ああ、彼女の父親に似ているんだ。男が近付いてくる。彼女は本に夢中でまるで気付かない。


「カイル・オッドウェイ伯爵ですね。私はサーシャの従兄弟でソール・グレートと言います」


 マドリード伯爵家にはサーシャしか子供がいないので、いずれは婿養子にいった弟の子供を養子にするとマドリード伯爵が言っていたことを思い出した。この男が彼女の従兄弟だと言うのなら多分そうなのだろう。


「私に何か用か?」


 ソールはどう見ても私より年が上のようだったけど、伯爵である私の方が身分が上なので敬語は使わない。


「用があるのは伯爵の方ではないですか 先程から私の方を見ていたでしょう?」


「別に君を見ていたわけではない。失礼する」


 立ち去ろうとしたがそソールの言葉に立ち止まる。


「それでは元婚約者のサーシャを見ていたのですか? 今更なんの話があるのです? あなたに他の女がたくさんいることは有名ですよ」


 ソールは軽蔑したような目で私を見ている。


「有名だと? そんなに噂になっていたのか?」


 まさか噂になっているとは思っていなかった。てっきり女とのことは彼女が訪ねて来たあの日に知られたものと思っていたが、前から知られていたと言うことか? マドリード伯爵は私には何も言わなかったが彼も知っていたのか。


「貴方は自分のことがよくわかっていないようだ。学院を首席で卒業し、ジルヴェール殿下と親友である貴方は常に注目されている。加えて王子よりも王子らしい容姿をしている貴方に婚約者以外の女性がいれば噂になるのは当たり前でしょう」


 ジルヴェール殿下とは学院にいた頃からの付き合いで、確かに親友だがまさかそのことで注目されているとは知らなかった。確かに女性と付き合っていたことは認めるが、おそらくその中には殿下の恋人だった人もいるはずだ。そんなにたくさんの女性と付き合っていたわけではない。だがそんなことは言い訳に過ぎない。私が婚約者以外の女性と付き合っていたことは事実なのだから。


「そうだったのか。まさか噂になっているとは思わなかった。考えていた以上に彼女を傷つけていたようだ」


「貴方だけが悪いとは言いません。婚約者が年が離れていればよくある話だそうですから。ただサーシャが傷つかないように噂にならないようにしてほしかっただけです。まあ、婚約解消になった今では関係のない話ですが」


「いや私のせいで彼女の名誉まで傷をつけていたようだ。婚約したことは彼女のせいではなく自分のためだったのに八つ当たりのようなことをしていた。父が死に自分では何一つできないことが悔しくて、情けなかった。政略結婚は貴族では当たり前のことなのに反抗して他の女性と付き合い、今では何をしたかったのかさえよくわからない。今日も彼女を見ても声さえかけれなかった。謝らなければと思うのに情けないことだ」


「謝っていただくことなんて何もないわよカイル。ああ、もうカイル伯爵と呼ばなくてはいけないのね。お久しぶりです、カイル伯爵」


 突然サーシャが目の前に現れて言葉が出ない。


「サーシャ、本を読んでいたのではないのか?」


「こんなところで話をしていたらさすがに気がつくわよ。でもカイル伯爵には会いたかったからちょうど良かったわ。この間はごめんなさい。突然うかがって熱まで出して悪いことをしたなって思ってたの」


 サーシャは何もなかったかのようにいつもと同じ笑顔で私を見てる。私は彼女の笑顔をただ眺めることしかできない。ああ、私はいつも彼女の笑顔に助けられていたのだと気づいた。落ち込んでいた時も、悲しんでいた時も彼女は何も聞かずただ微笑んでくれていた。それがどれほどありがたいことだったのか、今になって気づくなんて。


「あの日は悪いことをした。突然のことで対処を間違えてしまった。全て私の責任だ」


「いいえ、勝手に鍵を開けて入った私がいけなかったの。父に叱られてしまったわ。一人暮らしをしている男性の部屋に勝手に入ることはたとえ婚約者でも許されないことだって」


「そうだな。とても危険だ。もう二度としてはいけないよ」


 ソールにも言われてサーシャは神妙に頷いている。


「それでサーシャはどうしてここに?」


「ふふ、私は今王都にいるの。こちらに医術の良い先生がいるから診ていただいているの。隣国の名医らしくて、しばらくこちらに滞在しているそうよ。もしかしたら健康になれるかもしれないの」


 サーシャが病弱だと知ったのはつい最近のことなので忘れそうになる。だが彼女が健康になると聞いて私も嬉しくなる。その後も彼女の話は続いた。健康になったら何がしたいか延々っと聞かされる。私はそれを笑顔で聞いていた。ただソールの顔が笑顔なのに暗いようなのが気になった。


 

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