第17話
君はまるで犯人を知っているかのようだ。本当に記憶はないのか?」
カイルは疑わしげな目で私を見た。でも私は何も知らないのだから平気だ。
「そのような目で見られても本当に覚えてませんから。わたくしだって前世でどうして死んだのかは気になります。でも、それは過去のことです。今さら犯人が分かってもどうにもならないことなのです。わたくしはリリアナとして生きていることに不満はありません」
カイルだって死んだ者は生き返らないから、当時は事件の真相に必死にならなかったと言ってたではないか。今になって蒸し返そうとしなくてもいいと思う。
「君は前世での両親のことはどう思っているのだ?」
「不思議なことに会いたいと思ったことがないのです。前世を思い出しても過去のことと割り切っているようです」
「他人事のような話し方だ」
「そうです。前世はわたくしとは別のことなんです。両親のことも愛情があったことは覚えていますがそれだけなんです」
私にとって前世でのことは遠い昔の出来事に過ぎない。それなのにカイルのことだけが鮮明なのだ。カイルとの会話は全て思い出すことができる。あの誕生日の出来事だって寒さまで感じることができるほどだ。それなのにプツッと切れたかのようにその後の結婚したことや死んだときの記憶がない。
「そういうものなのか」
カイルは拍子抜けした顔をしている。もっと違うふうに思っていたのだろうか。
「ひとつ伺ってもよろしいかしら」
「なんでしょう?」
「今の両親から貴方から結婚の申し込みがあったと聞かされました。どうしてそのようなことを? 前世でのことがあるからですか?」
カイルが自分を愛しているとは思えない。年齢も合わないし、今一緒にいても愛情のようなものは全く感じられないからだ。
「それはサーシャとの約束があるからだ。彼女との約束は守りたい」
約束ってあれだよね。『生まれ変わったら一緒になろう』っていう言葉。これを守ってる人なんてほとんどいないのに(ほとんどの場合前世を覚えていないから)、カイルは真面目すぎだ。
「そんなカビが生えてもおかしくないような昔の約束なんて、守る必要なんてないでしょう」
「約束は約束だ。それにお互いの真名を知っているんだ。結婚をしているようなものではないか」
確かにお互いの真名を知っているのは結婚した相手だけだ。両親だって知らない大事なものだ。でも滅多にないことだけど離婚することだってある。そういえば離婚したときは真名はどうなるのだろう。それについては疑問に思ったことがないから、調べたこともない。
「離縁することだってあると聞いているわ。その人たちだって真名を知っているわけだから問題なんてないでしょう」
「ほとんど離縁はない。よほどのことがなければ認められない。真名があるからだ。君は離縁した者たちを実際に見たことがあるかい?」
離縁した人? そういう人がいることは聞いたことがあるけど見たことはない。隠しているから知らないだけだと思っていたけど違うの?
「離縁したことなんて誰も話さないから、知らないだけだと思ってたわ」
「ほとんどの人はそう思っている。だがそれは間違いだ。離縁した場合、ミスラ教からは棄教させられる。棄教したくなければ神の子になるしかない」
「神の子?」
「まあ、平たく言えば出家、修道院で神に祈りをささげ一生を過ごすことになる」
なんと、そのようなことになるのか。それもあってあまり離縁する人がいないのか。棄教するということはこの大陸には居場所がないようなものだ。なかなか勇気がいるだろう。かといって修道院で一生を過ごすというのも若い人は二の足を踏むと思う。
「離縁するって大変な事だということはわかりました。でもそれでは暴力をする旦那はなかなか離縁に応じてくれないのではないですか?」
暴力夫と別れたいと願う人は離縁できると聞いたけれど、修道院で一生過ごすとか棄教するとかでは旦那のほうが応じてくれないのではないかと気になった。
「君は勘違いしている。暴力夫に悩む人のほとんどは修道院で一生を過ごすことに同意するそうだ。そして旦那は普通に暮らしている」
「それってどういうことですか?」
「棄教するのも修道院に入るのも片方だけでいいということだ。真名を知っている人が俗世にいなければ問題ないだろう。それに棄教すれば真名は関係ないからな」
カイルは何でもないような事のように話しをしているけどこれっておかしい。だって暴力夫にはなんの制裁もないではないか。こんなことが認められているなんて、前から思っていたけどミスラ教は男にばかり甘い。もちろんそんなことを言えば大変なことになるから言わないけどね。
「どうした? 男にばかり甘いって言わないのか?」
「どうしてわたくしの考えていることがわかるの?」
「ミーシャも同じことを言ったからな。今の顔はその時の顔とそっくりだったよ」
懐かしそうな顔をするカイルを見ながら私は複雑だ。私がその会話を覚えていないということは、結婚してからのことなのだろう。サーシャも同じように考えていた。前世のことで今世とは関係ないと思っていたけど、こういうことがあるとサーシャは自分の一部なのだと思わされる。
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