第16話
どういうこと? おかしいじゃない。私はカイルに詰め寄った。
「カイル、言ってることがこの間と違いあすわ。この間は『生まれ変わっても一緒になろうね』って言ってたって話だったのに、今度は『生まれ変わっても一緒にはならない』って言ったとか、どひらが本当の話ですの?」
「どちらも本当の話だ。結婚するときに私はサーシャに『生まれ変わっても一緒になろう』と言って、サーシャも同じように答えてくれた。それなのに亡くなる前に君が残した言葉は『生まれ変わっても一緒にはならない』だった」
カイルの顔からはそのことについてどう思っているのかわからない。
私にはその時の記憶がないから、なんとも答えようがない。
「そうでしたの。きっと何かあったのでしょう。サーシャがそう言ったということは何か理由があるのだと思いますわ」
「ずっとその理由を知りたかった。死んだ人からは何も聞けない。だから君と出会って、サーシャの生まれ変わりだとわかった時は長い間の謎がとけると思った。サーシャがどうしてあのようなことを言ったのか。それなのに覚えていないなんて.....」
カイルにとってサーシャの最後の言葉は、どれだけショックだったのだろうか。きっと立ち直れないほどのことだったのだ。私の父が忘れられない女性がいると言ってたのはサーシャのことだったのかもしれない。
でもどうしてサーシャは最後にそんな酷い言葉を残したのか。サーシャはカイルを愛してた。その事は私にはわかる。あの誕生日の日までの記憶しかないけど、熱で倒れる時だって、まだ彼を嫌ってはいなかった。ただ彼の幸せだけを願っていた。
そのサーシャが何故そんなことを言って亡くなったのかまるでわからない。私が思い出せてない記憶の中にきっと何かあったのだ。サーシャはワインを置いてある部屋に閉じ込められたと言っていた。そこに謎を解く鍵が残されているような気がする。
「サーシャの結婚生活は幸せだったのでしょうか」
「どういう意味ですか?」
「いえ、悪く言うつもりはありません。ただ閉じ込められていたことが気になります。いじめられていたのではないですか?」
普通は女主人がいじめられることは考えられない。でもないわけではないと聞いたことがある。
愚鈍な女主人は尊敬されないため、様々な嫌がらせをされるそうだ。証拠がなければ使用人を辞めさせることもできない。何十年か前にできた法律で、使用人尊厳は守られている。そのことはいいことだけど、それを利用して悪いことをする使用人がいる事も事実なのだ。
「助けられた彼女の手は赤くなっていた。きっと何度も扉を叩いて助けを呼んだのだと思う。だがあの部屋の周りは使用人があまりいない場所なので目撃者もいなかった。だから彼女の声が聞こえなかったのは仕方がないことだと思っていたが、彼女の声が聞こえていても誰も気づかないふりをしていたってことなのか?」
「それは分かりませんけど、誰も気づかなかったというのはおかしい気がするのです。はじめに探した時は、サーシャが扉を叩いていた可能性が高いです。それなのに誰も気づかなかったというのが解せません。本当に探していたのでしょうか」
たった一人の証言だけでその部屋を探さなかったのもおかしな気がした。確かにハウスキーパーの権限は強いが、おかしいと誰も思わなかったのが気になる。
「あの時はサーシャが亡くなったことがショックで深く考えることができなかった。そのせいでハウスキーパーが失踪したことに気づくのが遅れてしまった。閉じ込めた犯人が見つかったところでサーシャは生き返らないと思うと積極的に犯人を探す気にならなかった私のミスだ」
全くその通りだ。いくら何でもハウスキーパーに見張りくらいはつけておくべきだった。サーシャの死がショックだったと言ってるけど、ワザと見逃したのではないかと思えなくもない。
「よくわかりました。ですが結婚してからの記憶のないわたくしでは貴方の疑問には答えられませんわ。それに貴方はサーシャがなぜ亡くなったかよりも最後の言葉が気がかりなのですね」
私の問いにカイルは肩をすくめた。
「どちらでも同じことだと考えている。サーシャを閉じ込めた犯人がわかれば最後の言葉の意味もわかる気がするし、最後の言葉の意味わかれば犯人もわかるような気がする」
「もう何年も前の話なのよ。そっとしてた方がいいのではないかしら」
ハッとした顔でカイルは私を見た。
「君は母と同じことを言うんだな」
「お義母さまとですか?」
「ああ、母は私が過去のことを調べるのは良いことではないと言ってた。もう何年も経つのだからそっとしてた方がいいと」
「そうでしょうね。十六年は長いわ。きっとその犯人も長い間苦しんだと思うの。今さら犯人を見つけても誰も喜ばない気がするわ」
私はなぜだか犯人を見つけても誰も喜ばない気がした。それはもしかしたら忘れた記憶の中に犯人を知っている私がいるからなのかもしれない。だとしたらそっと蓋をして真実は闇の中でいいではないか。誰も喜ばないことを無理に掘り返すことはないと思う。
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