第26話
グレース王女の動きは早かった。てっきり数日後にお茶会でも開いて、ソールの奥さんを招くのかと思っていたら、この夜会の間に別室にお誘いしていた。王女の手足として動く侍女が素晴らしいのだろう。
「このようなことをして大丈夫なのですか?」
カイルが心配そうにグレース王女に尋ねたが、王女は心配ないと手を振った。
「マドリードは伯爵のことなら大丈夫よ。父に呼んでもらってるから時間は稼げるでしょう。娘さんは友達とのお話に夢中のようだし少しの間マドリード伯爵夫人を借りても誰も気づかないわ」
用意周到としか言葉が思いつかない。これは今日突然考えたことではない。
「陛下まで巻き込んでいるのですか?」
「陛下は心配しているのよ。貴方とマドリード伯爵の仲が良くなるためならと協力してくれたの」
「陛下は私に甘すぎる。そんなことだから娘に利用される」
「唯一の友を心配しているだけよ」
カイルは陛下と学院時代に友達になったと聞いている。伯爵という身分は決して低くはないけれど、王太子の友になるには足りなかったと思う。唯一の友と言われるくらいの何かがあったのだろうか。今度話を聞いてみたいなと思った。
王女の侍女に案内されてクラリス・マドリード伯爵夫人が部屋に入ってきた。
かわいそうにかなり緊張しているようで顔色がさえない。
「お、王女様からお話があると伺い参りました。クラリス・マドリードと言います」
クラリス夫人はカイルがいることが気になるようで、チラチラと彼を目でとらえている。
「少し伺いたいことがあるの」
「はい、なんでございましょう」
「カイル伯爵と貴方のご主人のことよ。今日の夜会でもずっと睨んでいるのを見て、とても気になったの。あれほどあからさまでは娘さんの婿になる方がいなくなってしまいますわよ」
陛下に気に入られていることで有名なカイル伯爵と敵対したい貴族はいないでしょうとグレース王女はクラリス夫人に言った。クラリス夫人はカイルを見て大きく息をつく。
「その通りでございます。主人には表面上だけでも取り繕ってほしいと頼んだのですが、今日の夜会でもあれですから困っています」
「どうしてそこまで嫌っているのかしら? マドリード前伯爵の娘のサーシャがカイル伯爵に嫁いだ後に病で亡くなっていることが原因?」
「はい、そう聞いております」
「でも病だから仕方のないことではないかしら」
グレース王女のこの言葉にクラリス夫人は困ったような顔をした。何か知っているような気がする。それでもカイルがいるからか、それ以上は話そうとしない。
「私たちは少しでも役に立てればと、貴女を呼び出したのよ。カイル伯爵はマドリード伯爵に恨まれている理由がわかれば、貴女の娘さんの縁談に力になってくれるそうよ」
「ですが、この話をすれば伯爵の方が怒ることになるでしょう。私の口からは言えませんわ」
クラリス夫人は俯いて首を振るばかりだ。
「わかりました。それではわたくしが責任をもって、婿を紹介しましょう。たとえその話というのがとんでもないことでも約束は守ると誓うわ」
グレース王女が誓うとまで言ったのに、話さない事などできるわけもなくクラリス夫人はさらに顔色をなくして話し出した。
「ソールが話してくれたことが真実かまでは私にはわかりません。ただソールはとてもサーシャ様のことを大事にされていたのです。ですからソールが間違ったことを信じて馬鹿なことをしていたのだとしても許してほしいのです」
これはカイルの方を見て言っている。
「彼がとてもサーシャを大事にしていたことを私は知っている。だから何を聞いても彼を怒ったりしないと誓おう」
クラリス夫人はカイルの返事にホッとしたような顔をした。
「ソールはオッドウェイ伯爵家にサーシャが殺されたと思っているのです。そして結婚しておきながら、守ることすらしなかったカイル伯爵のことを恨んでいます」
オッドウェイ伯爵家に殺された? どういう意味だろう。私たちの結婚は両家に望まれたことではなかったというの?
「それはどういう意味だ? わが伯爵家でいじめられたように聞こえるが」
「そのままの意味です。私にはそれが真実かどうかわかりませんが、ソールはサーシャに相談を受けていたようです」
「相談ね、旦那の私ではなくソールに相談したのか」
カイルは顔を曇らせて呟く。確かにそばにいる旦那でなく、他の男に相談されるのはショックだろう。でも傍にいるから相談できないこともあると思う。ソールはサーシャにとって兄のような存在でとても頼りにしていたから仕方のないことではなかろうか。
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