第20話 カイルside

kairu まさかリリアナが私との結婚のことを覚えていないとは思わなかった。自分と同じように会った瞬間にお互いのことに気づいたようだったので勘違いしていた。彼女が覚えているのはサーシャの十六歳の誕生日の日までだった。リリアナはその時の熱でサーシャは死んだと思っていたと言った。だとするとリリアナから見たカイルの印象はすごく悪いのではないか。

 私だってあの日のことは鮮明に覚えている。久しぶりに会ったサーシャは奇麗になっていた。子供から大人へと成長していく微妙な時期だった。半年前はまだ子供っぽかったのにと彼女の姿を見た瞬間に思った。だが最悪なことにその日は部屋に女を連れ込んでいた。婚約者がいながら最低な行いをしていることに初めて気づかされた。その時までサーシャのことを婚約者だと認めていなかった。押し付けられて仕方なく婚約者になっていたけど、子供の彼女のことを真剣には考えていなかった。

 私はサーシャが死んでしまうあの時まで、彼女は私のことを愛してくれていると思っていた。だから結婚してくれたんだと自惚れていた。一度は婚約破棄までしたのに、それでも自分を選んでくれたのはお互いが愛し合っているからだと思っていた。

 まさか愛している彼女に、


「生まれ変わっても一緒にはならない」


と言われるとは微塵も思わなかった。私はミスラ教徒だったけど真剣に輪廻転生を信じているわけではなかった。それなのにサーシャの最後の言葉に私は奈落の底に突き落とされた。


 サーシャは仕方なく自分と結婚したのか?

 まさかサーシャはこの結婚生活に幻滅していたのか?

 サーシャは自分ではない誰かを好きだったのか?

 

サーシャが死んでも世界はいつもと変わらない。そのことがとても不思議だった。自分だけが違うところにるような気さえした。もうこのまま自分も死んでしまおうかとさえ思った。だが私には死ぬことは出来なかった。おかしくなってしまった自分を必死で慰めくれる母がいたから。父が死んでから苦労ばかりかけてきた母を残して死ぬことは出来なかった。

私がなんとか正気を取り戻したときには、サーシャを閉じ込めたのではないかと思われるハウスキーパーの姿はどこにもいなかった。初めはハウスキーパーを探そうとした。探してサーシャに何をしたのか聞こうとした。


「彼女を探したところでサーシャは生き返らないのよ」


 母の言葉で探すのをやめたことを今は後悔している。たとえサーシャが生き返らなくてもハウスキーパーに話を聞くべきだった。どうして母の言葉だけで探すことをやめたのか実はわかっている。ハウスキーパーを見つけた時、自分がどうなるかわからなかったからだ。殺してしまうかもしれないと考えていた。母もそんな私が心配だったのだろう。

 その後私の再婚を勧める母に辟易して、反対に彼女の再婚に力を入れた。今では新しい旦那と仲良く暮らしている。

 だが私は思う。母に再婚を勧めて本当に良かったのかと。生まれ変わりが本当にあると分かった時から、悩んでいることだ。母と私の父も愛し合っていた。生まれ変わったら一緒になろうと誓い合って結婚したはずだ。だが父のほうが先に亡くなり母が残された。私と同じような感じだ。私はリリアナと出会った瞬間に彼女がサーシャの生まれ変わりだとわかった。もし同じようなことが母に起きたらどうなるのだろうか。もちろんわかっている。母の場合は私とリリアナより年齢差があるわけだから無理だということは。それでも考えずにはいられなかった。

 グレース王女はそんな私を見て笑った。


「カイルとリリアナは特別なのよ。前世を思い出したリリアナもすごいし、ずっと彼女を待っていたカイルもすごい。神があなたたちを引き合わせたのよ。きっと運命ね」


 運命? そうなのか。だがそれなら何故リリアナは全てを思い出さない。結婚生活を思い出さないのは、思い出したくないからではないのか。

 私が幸せに感じていた結婚生活はサーシャには思い出したくない過去だとしたら、そっと見守るほうがいいのではないか。だが「真名」の問題がある。これを知っている限り、二人は別の人間とは結婚できない。私は棄教できないし修道院に入るつもりもない。リリアナだって同じ考えだろう。結婚すれば解決すると考えてリリアナの父親に彼女との結婚の申し込みをしたが、リリアナの弟に大反対された。確かに年齢差はあるがそこまで反対されるとは考えていなかった。リリアナも乗り気ではないようだし困ったものだ。

長い歴史のあるミスラ教だから、何か別の方法がある可能性もある。


「調べるしかないか」


 私は結婚当初から使っている広いベッドの上で呟く。どうしても見つからなかったら、またプロポーズをするしかないと考えながら。


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