第19話
ケーキの食べ過ぎで夕飯が食べれなくて母に叱られて、部屋に戻るとホッと息をつく。確かにケーキを食べすぎたことも原因だったけれど、夕飯が食べれなかった本当の理由は『真名』が気になっていたからだ。グレース王女はとても深刻な問題だと私に言った。その時の彼女の顔は真剣だったので、間違いなく『真名』を知っている私はカイルの嫁さん候補の筆頭にいるとうことなのだ。
「どうしても嫌なの?」
グレース王女に尋ねられた時、すぐに答えが返せなかったのは何故だろう。私は公爵令嬢として生を受けた時から、政略結婚の駒の一つである。そのことは幼いころから覚悟をしていた。下手をすれば他国へ嫁に出されることもあり得たのだ。幸い私と年齢の合う身分が同じくらいの殿方がいなかったので、この年になっても婚約者を押し付けられることなく過ごすことができただけだ。
だからもし父にカイルと結婚を強制されれば頷くことしかできない。それはわかっている。父は『真名』のことを知れば必ずカイルと結婚させることを選ぶ。私が修道院に入ることも棄教することも許してくれないだろう。
そして私も若い身空で修道院に入りたくはないし、棄教するのも怖い。ではカイルに修道院に入ってもらう? そんなことできるわけがない。彼のお義母さまは旦那に死なれてからカイルだけを頼りにしていた。今も変わっていないはずだ。私を娘のように可愛がってくれたお義母さまを悲しませたくない。
万が一他の方との縁談が決まったりしたら大変なことになる。私としては隠していればいいのではと考えていたけれど、そんな簡単なことではないらしい。結婚式のときにわかるそうだ。それで大騒ぎになった王族が大昔にいたとグレース王女が言っていた。
「入ってもいかい?」
ノックもせずに入って来てソファに座っているのにそんなことを言うのは兄のグィードだった。私より四つ年上の兄は仕事に就いているのでこの時間にしか帰ってこない。そういえば兄はカイルと一緒に働いていた。でもここでカイルの様子を聞けば変な勘繰りをされるから聞かないほうがいいだろう。
「おかえりなさいませ、お兄様。お食事はすみましたの?」
「ああ、すんでるよ。今日はお前に話がある。今日、王宮で誰に会っていた? その頃カイル伯爵もいなかったがまさか彼に会っていたのではないだろうな」
なんてこと。こんなに早くばれるのは想定外だ。不意打ちすぎてうまく誤魔化せない。そんな私の表情ですべてを理解した兄はドンッと目の前のテーブルを叩く。
大きな音にビクッとすくみあがる。兄にここまで怒りを向けられたことはない。
「あれほど言ったのに何を考えている。今はまだ誰にも知られてはいないがこれ以上噂になれば、私でも庇いきれないぞ」
「ご、ごめんなさい」
「それにしてもカイルにも鎌をかけたが、まったく動揺しなかったから私の勘違いかと思っていたのだが、?をつくのならリリアナも彼を見習うことだ」
兄はカイルにも鎌をかけたらしい。カイルは上手く誤魔化したみたいなのに私は台無しにしてしまった。きっと兄は私のことを話してカイルに再度確かめるに違いない。
あっさりとばらしてしまった私をカイルは呆れるだろうか。呆れるよね。
「それで? いったい何の話がある? リリアナとカイルでは共通の話題などないだろう」
「この間のお兄様の態度が悪かったので謝っていたのです。わたくしが気にしていたので王女様が彼と会わせてくれたのです」
これはもし家族にばれた場合どうするかグレース王女が考えてくれていた台詞だ。私はばれたりしないと楽観していたけど、グレース王女はさすがだった。
「そんなことで?」
「そんなことではありません。聞けばカイル伯爵は陛下と大変仲が良いと聞きました。そのような方に失礼なことをして謝るのは当たり前でしょう。お兄様は謝らないでしょうからわたくしが謝っただけですわ」
兄は人に謝るのが苦手だ。特に自分より身分が低いと謝り方がぞんざいになる。身分をかさにきて悪いことをするわけではないけど、下手に出るのが苦手なのだ。
「私は悪いことなどしてない。カイルがリリアナを連れ出すのが悪い」
「またそのようなことを。たとえそうだとしても挨拶もせずにわたくしの手を引っ張って逃げるのは許されないことですよ」
「ああ、わかった、わかった。もう謝ったのだろう。それで良いではないか」
全く反省の色はないけど、誤魔化せたようなので良しとする。さすがはグレース王女。兄の扱いもよくわかってらっしゃる。
兄はそれ以上は長居することなく帰っていった。おそらく明日カイルにも確認するだろうけどそれも想定内なので大丈夫。でもカイルは初めに誤魔化せなかったことで呆れるだろう。次にもし会うことがあったら何を言われることか……。
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