第3話
わたしの住んでいるエルーニア国はオルダン大陸の右端にある小さな国だ。しかし小さいながらも山の恵みが豊富で鉱石、魔石が多くとれるため財政には困っていない。そのため納める税金も少なく暮らしやすい国だ。そんな国が他国に狙われることなく何百年も続いているのはオルダン大陸のほとんどがミスラ教を信仰しているからだ。
わたしも生まれた時からミスラ教の信者になることが決まっていた。この国で生まれたものは三日以内に神殿で神の子となる儀式を受ける。神の子になると神から特別な名を与えられる。それはその子だけにしか聞くことはできない名だ。生まれてすぐの子供が覚えられるわけがないのに、不思議なことに忘れることがない。頭の中に刻み込まれているのだ。
ミスラ教によると、その名は何度、輪廻転生を繰り返しても変わらないとされている。魂に刻み込まれている名だとか。
みんながどこまでその話を信じているのかわからないけど、表面的には信じている顔をしている。誰に聞かれても本当の名を教える人はいない。たった一人の人に出会った時にしか言ってはならない名だ。そう結婚する相手にしか真の名は告げてはならないのだ。結婚の儀式をする時にお互いの真の名を告げることになっている。そのため長い間、離縁が認められていなかった。暴力夫に当たっても別れることが困難な時代があったのだ。今ではそんなことはない。別れの儀式を神殿で行えば離縁することができる。でもそれには相応の理由がいるわけで離縁率は少ないのだ。
だから一生の相手となる結婚相手は真剣に選ばなければならない。間違っても『ハズレ』を引くことがないように慎重に慎重に選ぶのだ。
「それにしてもどうしてまたこの国に転生したのかしら。カイルにまた会うなんて不幸すぎるわ」
一度振られた相手に来世でも会いたいものなどいないだろう。それも親子ほど歳が離れているのだ。
「またその話なの? カイル伯爵と前世でも一緒にいられたなんて羨ましいわよ。しかもプロポーズの言葉まで頂いたそうじゃない。何が不満なのか教えて欲しいわ」
私が前世を思い出したことを唯一知っている、幼馴染のグレース・エルーニア王女は朗らかに笑いながら、最近流行だというティラミスというお菓子を食べている。グレース王女はお菓子が大好きで、少しばかりふっくらとした体型だけどそこが魅力的だと私は思っている。この国では細い体型が好まれているけど、ギスギスした体型よりも彼女の豊満な体型の方が魅力的なのにといつも思っている。
「あ、あれはプロポーズの言葉ではないわ。言ったでしょ? 「サーシャ、やっと君を見つけたよ。生まれ変わったら一緒になろうって約束忘れてないよね」って言われたのよ。プロポーズの言葉じゃないでしょ? なんだか脅迫されてる感じだったわ」
「えー、そうかしら。私は素敵な言葉だと思うわ。やっと見つけたって、長い間貴女が生まれ変わったことを信じて探してたってことでしょ。素敵だわ」
グレース王女はロマンティックな話が大好きだから、勝手に話を盛っている。フィルター越しで聞けば確かにロマンティックな言葉に聞こえるだろう。
でも私は知っている。生まれ変わっても一緒になんて前世で言われたことなんてないのだから。
私が前世であったことを話した時、グレース王女は私の荒唐無稽な話を黙って聞いてくれた。あの時の私はとても感情的になっていたのに信じてくれた。泣いている私を黙って見守ってくれたのだ。信じられない話だったと思う。この国では前世を売りにする人もいるけど、ほとんどの人が詐欺のような見世物なのだ。それなのにグレース王女は信じてくれたのだ。
「貴女からカイル伯爵の話を聞いた時は驚いたものだけど、まさかこういう展開になるとはね。こんなことなら色々と調べればよかったわね」
一応私の話の裏を取ったのかと思っていたら、それすらしていなかったようだ。
「六年前、どうして私の話を信じてくれたの? 調べてないのなら証拠なんて一つもなかったでしょ?」
「証拠なんていらないわ。私は貴女が嘘をつかないって知ってるもの」
グレース王女は外見はとても女らしい方なのに、性格はとても男っぽくさっぱりとしている。私はそんなグレース王女が大好きだ。グレース王女が男だったら惚れていたのになぁっていつも思っている。
「とにかくカイル伯爵の真意が何か探らないと駄目ね。彼が公爵家に取り入るためにそんなことをするとは考えられないけど、そこまで知ってるわけではないから調べてみましょう」
「えっ? グレースはそんなことしなくていいわ。私が自分で調べてみるから」
王女様にそんなことまでさせられない。これは私の問題なのだから。
「駄目よ。こんなおもし…ゴホッ、友達の一大事に私が手を貸さなくてどうするの」
なんか不穏な言葉も聞こえた気がしたけど、結局グレース王女が調べてくれることになった。
まだ両親には話してはいない。カイルが本気かどうかわからないから動けないのだ。もしかしたらからかっているだけかもしれないし……。
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