第4話


「生まれ変わったら一緒になろう」


 この国というかこの大陸のほとんどで通用するプロポーズの言葉だ。ミスラ教を信仰している人たちの間では輪廻転生は当たり前のことなので、このプロポーズの言葉は今世も来世も一緒にという特別な言葉なのだ。

 私は前世を覚えているから、カイルからこの手のことを言われたことがないのを知っている。カイルは本気で私がサーシャの生まれ変わりだって思っているのだろうか。私が今世でカイルと会ったのは六年も前で、その日からこの間の夜会で会うまで一度も会っていないことを再度認識してやっぱりおかしいと思う。それだけで私の前世がわかるだろうか。王女ばかりに頼ってもいられない。私も調べる必要がある。それも学院が休みであるこの三ヶ月の間しかない。私は王都にあるムーア学院に通っている。社交に力を入れるこの時期は長期の休みになっているが、学院が始まれば忙しくて調べるのは難しくなる。ムーア学院は前世で通っていたお嬢様学校と違ってとても厳しいのだ。ちなみにグレース王女も一緒に通っている。そしてカイルが前世で通っていたのもこの学院だ。

 私はカイルに会うために夜会に行くことにした。父はまだそんなに夜会に出なくてもいいと言っているけど、母は喜んでくれた。独身の者にとって夜会は結婚相手を探すためのものでもある。私は学院を卒業するまでは結婚するつもりはないけど、早めに相手を見つけた方が良い縁談があると母は常々言っている。

 ミラー公爵令嬢ってだけで引く手数多ではないかと思っているけどね。

 そう私は自分の価値を忘れていた。夜会に出席すればどうなるか知らなかったのだ。前回は初めての夜会であり、王家主催だったこともあって兄や父が私の周りを完璧にガードしてた。

 今日はそれもなかったのでハッと気付いた時には隣にいた母の姿がなく、取り囲まれていた。明らかに私より大きい人たちに取り囲まれるのはあまりいい気がしない。上から見下ろされて気分が悪くなる。隙間すらないので逃げ出すことも出来ずに、意味のない賛美を聞かなければならない。褒め称えてもらって喜ぶような趣味はないので、にこやかな表情がだんだん崩れそうになる。

 どうしたものかと考えいると急に静かになる。あれほど話をしていたのに今では誰一人話すものがいない。これはもしかして逃げるチャンスでは?


「リリアナ、ダンスでも踊りませんか?」


 前世では夢にまで見たダンスのお誘い。私は無意識にその手を取っていた。そんなつもりは全くなかったのに。

 ダンスは前世よりもずっと上手だ。それは公爵家に教えに来る先生のおかげだ。カイルの足を踏んで恥をかくことはないだろう。

 カイルがワルツを選んだのは前世での私のダンスが上手ではないことを知っていたからかもしれないとふと思った。


「上手ですね。昔とは大違いだ」


 やっぱり知っていたんだ。でもここは気付かないふりだ。


「昔?」


「ええ、前世で踊ったでしょ?」


「踊ったことなんてないですよ」


 そう、彼と踊ることを夢見ていたけど一度だって踊ったことはない。練習にだって付き合ってくれなかったのにどうしてそんなことを言うの?


「もしかして覚えてないの?」


「当たり前です。前世だなんて誰も覚えてませんよ」


「いや、君は覚えている。だが私と踊ったことは忘れているようだ」


 カイルの考えていることはさっぱりわからない。どうして私が前世を覚えていることを確信しているのか。人の頭の中を覗くことができる魔法があることは知っているけど、あれは禁術だったはず。カイルは時期宰相になると言われている兄の補佐をするほど優秀なのにそんな禁術に手を染めるとは思えない。


「カイル様はどうして私が前世を覚えていると思うのですか? それに私が貴女と約束したという女性だって信じているのはどうしてでしょう?」


 今日もし会うことがあったら聞こうと思っていたので、冷静に言葉が出た。踊りながら話ができるなんて素晴らしい。以前は足を出すのがどこかを考えてるだけで頭が真っ白になっていたんだよね。もしかしたら前世の私と今世の私では頭の出来も違うのかも。

 二曲目がちょうど終わる頃だったからかカイルは返事をしなかった。そしてダンスが終わると


「少し話をしようか」


と外への散歩へと誘ってきた。考えるまでもなく私は彼の後へと続いた。それがどういう結果になるかなんて私の頭にはなかった。

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