第52話
「私から見たサーシャ? ……貴女は知っているのでしょう? 私がサーシャをいじめていたことを」
お義母さまは首を傾げている。どうしていまさらそんなことを聞くのかと不思議に思っているようだ。
「はい、そのことはたくさんの方から伺いました。でもそれは周りの噂にすぎません。真実はお義母さとサーシャ様にしか知らないことです」
「同じことよ。私はカイルのためを思って婚約解消になるようにもっていった。長い付き合いだったサーシャよりも、娘のように可愛がっていたサーシャより、ケイト嬢の話を信じて酷いことをしたわ。でもあの時は悪いことをしているという意識がなかった。私が思っていたのはカイルの幸せだけだった」
ケイトはとても上手にお義母様の警戒心を解き信頼を得ていた。
「でも結婚してからも続ける必要はなかったでしょう? だって離婚なんてできないのだから」
「…騙されたのよ。カイルは王子と友達だから大丈夫だって、ケイトに言われたの。カイルは借金のために仕方なくあなたと結婚させられるって手紙で知らされたの。もちろんカイルに確認しようとしたのよ。でもあの子は「母様の心配することではありません」というだけだったから、気づくことができなかった。あの子が少しでもサーシャを愛していると言えば私だって思いとどまることができたのに…」
とても悲しそうな顔でお義母さまは話している。カイルがサーシャを愛していた?
「お義母さまはいつ間違いだと気づいたのですか?」
「サーシャが亡くなった時は罪悪感を抱いているのだと思っていたの。私も同じように感じていたから。でも再婚をしようとしない事で何かが違うとは感じていたわ。そしてこの間あの子がハウスキーパーのことで訪ねてきた時に、自分がとんアでもないことをしてしまったことに気付かされたわ」
「それではケイト嬢といつまでも再婚しないのが訝しく思われたでしょう?」
「ええ、ケイトのことは知らないことになっているからカイルに聞くこともできなかった。そのうちにケイトは他の男性と結婚するし、何が何だかわからなかったわ」
お義母さまに送られた手紙はケイトの最後の嫌がらせだったのかもしれない。彼女は真剣にカイルとの結婚を考えていたのに、サーシャに奪われたのだからそのくらいしてもおかしくない気がする。どちらにしても女心を弄んだカイルが一番悪かったのだろう。
「ケイト嬢はカイルと結婚したかったけれど、結局は振られたので嫌がらせをしたのでしょう。あの手紙のせいで少しでもサーシャとカイルが不幸になればとは思っていたでしょうが、サーシャを死なすことになるとは思っていなかったのではないかしら」
ケイトはきっと何も知らず、幸せな結婚をしたのだろう。
「そうね。何も知らなかったわ。サーシャが亡くなって二年たったころにあるパーティーで出会ったときにその話をしたら、真っ青になって『私は関係ない』って去って行ったわ。追いかけようかと思ったけど、あの手紙が嫌がらせだったことには気づいていなかったからやめたの。彼女が可哀想な気もして…でも追いかけてもっと話を聞けばよかったわね」
私はカイルにケイトのことは聞いていない。私はサーシャではないから何となく聞くことが出来なかった。
カイルはケイトを手放したことを後悔していないのだろうか。
「なんだかケイト嬢だけを責められないような気がしますね。彼女が嫌がらせをした気持ちもわかる気がしますもの」
「リリアナは優しいのね。なんだかサーシャと似ている気がするわ」
「似ていますか?」
カイルからは言われたことのない言葉だったので首を傾げる。
「あら、変なことを言ってしまったわ。雰囲気が似ている気がしただけ。貴女の方がずっと美人で華やかよ」
魂が同じだから、似ている所があるのかもしれないとふと思った。
「でもお義母さまはサーシャ様がお好きでしょう?」
「ええ、ずっと後悔していた。でもあんなことをした私は後悔することさえ許されないと思っていた。カイルのためにしたことだって自分に言い聞かせて、誤魔化していたけど、もうそれも終わったわ。悲しそうな目で私を見ていたサーシャの顔が忘れられないわ。娘のように愛していたのに、馬鹿なことをしたわ」
「もし彼女が生まれ変わっていたら会いたいですか?」
私の言葉にお義母さまは首を横に振る。
「いいえ、それはないわ。生まれ変わったら別の人生を歩む人ですもの会えないわ。でも……、幸せに暮らしていてほしいわ」
「きっと幸せに暮らしていますよ」
もしお義母さまが会いたいと言ったら、信じてもらえないかもしれないけど、私がサーシャの生まれ変わりだと言うつもりだった。
でもお義母さまは会うつもりはないと言った。覚悟していただけに少しだけ残念な気もしたけどお義母さまの意見を尊重したい。だから私はこの先サーシャの生まれ変わりであることは決してお義母さまには言わないと心の中で誓った。
今日のお茶会でお義母さまと少しだけ仲良くなれて気がした。
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