第10話
中から返事がありへやのなかにはいる。
カイルはソファに座り優雅にお茶を飲んでいる。私と違って緊張している様子はない。
輝くような銀髪に宝石のような蒼い瞳。どれだけ年月が経っても彼は変わらない。ふと今でもミートパイが好きなのだろうかと思い浮かべ、少しおかしくなった。前世の私は彼のためにミートパイを作ろうとして失敗して、結局は料理人が作ったミートパイしか彼には食べてもらえなかった。失敗作は私たち家族と使用人が食べた。味は悪くなかったと思う。でも見かけがあまりにも悪すぎて、カイルの前のには出せなかったのだ。一度くらいは食べらせればよかった。あの頃の私は本当に馬鹿だった。カイルに遠慮ばかりしていた。あれでは対等な関係など築けるはずがない。
「リリアナ、今日は呼んでくれてありがとう。話したくても君の父上と兄上が許してくれなくて困っていたところだ」
父は彼との縁談を進めたがっているようだったけど、年齢差のこともあって二の足を踏んでる状態だ。兄は断固反対していて、考えが変わることはなさそうだ。
「グレース王女にお願いしただけです。この間のように庭で話しただけで噂になるようでは困りますもの」
「あれは悪いことをしたと思っている。あのような噂を流すつもりはなかった。私の判断ミスだ。すまない」
あの噂もカイルの手かと疑っていたけれど違うようだ。カイルは結局にところ何をしたいのだろう。サーシャとの思い出話をしたいのか、それとも父に縁談を申し込んだということは結婚したいのか。
「もうよろしいですわ。謝っていただいても何も変わりませんから」
私はサーシャの時のように馴れ馴れしくならないように丁寧な言葉で話している。他人行儀なくらいが丁度いい。
「それでここに呼んでくれたということは、前世のことを認めてくれたということでいいのかな」
「本当にわたくしの真名を知っているのですか?」
「知っているよ。だから君を見た瞬間に君がサーシャの生まれ変わりだとわかったんと思う。真名は生まれ変わっても変わらないからね」
確かに真名は生まれ変わっても変わらない。そのことは前世を思い出した私が一番知っている。
「そ、それではわたくしの真名を言ってください。今言ったことが本当だと証明していただきたいの」
「それは構わないが、言葉にすると何が起こるかわからないから君の手に書こう。これなら君と私だけしかわからないからね」
カイルに言われ、真名の重要性をわかっている私は手を彼の前に突き出した。その手を取り、カイルはそっと私の真名を指で書いていく。初めはくすぐったいなと思っていたけど、彼の書いている文字が頭の中で変換されていくと目を見開くことしかできない。まさか本当に私の真名を知っているなんて。確かに結婚していたことはグレース王女からも聞いていた。でもどこかで疑っていた。カイルとは夫婦だったのだわ。
「どう? 間違いないだろ?」
カイルは私が動揺していることをわかっていたと思う。私は自分の真名だと認識した途端、手が震えだしたのだから。
「ま、間違いないみたい。グレース王女から間違いなく結婚していると聞いてはいたけど、私の記憶にはないから信じられなかったの。どうして私の記憶にはないのかしら」
私が不思議そうに呟くと、カイルも驚いたような声を出した。
「結婚したい記憶がない? 前世を全て思い出してはいないのか?」
「そうよ。私はカイルの部屋を訪ねた十六歳の誕生日までしか覚えてないの。だからあの日熱を出したのが原因で亡くなったのだと思ってた」
「あの日の記憶までしかない? サーシャは許してなかったのか?」
私の言葉はかなりショックだったようで、カイルは黙り込んでしまった。先を促すのも悪い気がして、私もお茶を飲むことにする。お茶は私の好きなハーブティー。城のハーブティーは格別に美味しい。
カイルが言って欲しい言葉は「許している」だろうか。だけど記憶のない私には言ってあげることはできない。前世の私は今世の私とは違う人間なのだ。たとえ魂が同じだとしても生まれてから今日までまるで違う生き方をしているのだから性格だって違ってくる。多少似たところはあるかもしれないけど、十歳までの私は前世のことを知らずに生きていたのだからカイルが求めているサーシャとは違う人間だ。カイルにはそのことを理解してもらわなければならない。
考え込んでいるカイルを横目で見ながらそっとため息をつく。
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