第22話
神殿図書館。初めて聞くけれど、神秘的で響きがする。本来なら私が自分で行きたかったけれど、神殿図書館へ行くことはカイルに任せることになった。
公爵邸に帰った私は、国立図書館で借りた輪廻転生について書かれた本をじっくりと読むことにする。輪廻転生した全ての人が前世を思い出すわけではない。ほとんどの人は覚えてはいないのだ。そして思い出した人の記憶が私のように中途半端なのかも気になる。
三日もかけてじっくりと読んでみたけれど、私以外の人は前世を全て覚えているようだった。もちろんこの本に書かれている以外の人からは話が聞いていないのだから、私のように記憶が一部ない人もいるのかもしれないが。
私は一人で考えていてもよい考えが何も浮かんでこないので、友達を頼ることにする。
私の友達であり、この国の王女であるグレースは、私の面会依頼をすぐに許可してくれた。
「忙しいのにごめんなさい」
「今日は昼から用がなかったから構わないわ」
王女であるグレースは非常に忙しい。常にお茶会に招待されたり、慰問があったりで出掛けている。
「それで? 結婚でも決まったの?」
「け、結婚だなんて何を言うの?」
「あら、てっきりその話だと思ってたわ」
グレース王女は本当に不思議そうな顔だ。
「他に方法なんてないでしょうに」
「カイルが真名について調べくれてるの。だからまだわからないわ」
「無駄よ。私は王族として様々なことを習っているけれど、真名を変えることもできないし、一度教えた真名を取り戻すことなどできないのよ。そのことで犯罪に発展する事件も年に何件も起きているの。今さら、少し調べたくらいで何かが出てくることなどあり得ないことよ」
グレース王女が悲しげな声でそう言い、遠い目をした。真名はそれほど厄介なものなのだ。貴族である私たちは生まれた時から守られているけど、平民は真名についての知識が低いため事件に巻き込まれることも多いそうだ。
「グレース王女の言うように無駄なことかもしれないけれど、それでもできるだけの努力はしたいの」
「あなたはカイルのことがまだ許せないの?」
「えっ?」
「違うの? リリアナは結婚した時のことをまるで覚えていない。それはカイルを許したことも覚えていないということでしょう?」
それについては考えていなかった。でも私の誕生日の時のことはカイルが悪かったとは思ってはいないので、責めてはいない。
「あれはサーシャも悪かったと思っているの。いくら婚約していたからといって、勝手に鍵を開けて部屋に入ったのはしてはならないことだもの」
「確かに婚約破棄することは決まっていたのだから、どうしてそんなことをしたのか聞きたいわね。そもそも、彼の母親に渡されたと言ってたわね」
「ええ、私が彼を訪ねていくことを話すと、カイルの好きなミートパイを作っていくことを勧められて、鍵を貸してくれたの。昔からとても親切にしてくれてたのよ」
カイルの母とはとても仲が良かった。婚約が決まった時から、カイルに代わって幼い私の相手をしてくれた。第二の母だと思っていたので、彼女が再婚して幸せに暮らしていると聞いて嬉しく思っている。
「そうか。だが言ってみればカイルの母はとんでもないことを君に勧めたということだ」
「そうかもしれないけど、彼女には悪気がなかったのよ。少し天然なところがある人なの。私にリボンをプレゼントしてくれた時も、左右違う色のリボンをつけられたことがあって、でもとても喜ばれているからその日はそれで過ごしたこともあるの」
カイルは左右違う色のリボンをつけていた私を訝しそうな目で見ていた。でも私は彼の母親のことを悪く言うことは出来ないので黙っていた。前世の私たちにはやはり言葉が足りなかった気がする。
グレース王女は私の言葉に少し驚いたような顔をしたけど、それについては何も言わなかった。ただ何か考えるような顔になった。
こういう時は何も言わずに待っていることにしている私は、ココアを飲むことにする。ココアには白いマシュマロが浮かんでいて、とても美味しそうだ。私がココアを飲み終えるころにはグレース王女も考えることをやめてココアに手を付けてる。
「ねえ、リリアナは、ううん、サーシャはカイルの母を好きだったのかい?」
「ええ、とても大事にしてくれていたから本当の母と同じように思っていたわ」
私はサーシャの時のことを思い出すとき、鮮明に思い出すことのできるカイルの母を好きだったことは間違いないとグレース王女に答えた。
「そうか」
グレース王女の言葉はそれだけだった。
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