第36話
ダニエル様はしばらく考えるような顔をしていたが、やがて肩をすくめると話し出した。
「グレース王女に頼まれたのは君の説得が主な仕事だったのだが、君は簡単には説得されそうにないですね」
「説得って、カイルとの結婚が一番だってことですか?」
私はグレース王女が一番言いそうなことを尋ねるとダニエル様は頷いた。
「リリアナが前世を思い出したのは、カイルと出会ったことがきっかけだったと聞いている。それは彼が君の真名を知っていたからだ。前世を思い出して真名を知っているもの同士が出会うと言うのは滅多にないことなんだ。今まで報告されているのはたったの二件だけだ」
ミスラ教に報告されているのが二件だけというのは多いのか少ないのか。長い歴史のあるミスラ教だから少ないということなのだろう。
「その二件は、どうなったのですか?」
「二件とも、その後結婚している」
「問題とかなかったのですか?」
「そこまでのことは資料として残っていないが、幸せに暮らしていたと書かれていた」
「その方達は真名が知られているから仕方なく結婚したのでしょうか?」
「仕方なくかどうかはわからないが、真名を知られているのだからどうしようもないことだと誰でも思うのではないかな。それに一度は夫婦だったのだから、それほど抵抗がなく受け入れられたようだ。だからグレース王女から君がカイルとの結婚を嫌がっていると聞いて驚いたよ」
「べ、別に嫌がっているわけではありません。ただ真名を知っているから結婚しなければならないというのが納得いかないだけです」
私だって内心ではカイルとの結婚が一番だということはわかっている。いずれは親の決めた相手と結婚しなければいけないのなら、それがカイルであってもいいのではないかという気もしている。でもそれは私が思っているだけだ。カイルはどうだろう。カイルにとっては二度目の結婚になる。一度目の結婚だって義理のようなものだったのかもしれないのに、また同じように真名を知られているからという理由だけで私と結婚しなければならないのだとしたら……そう考えると受けてはいけないような気がするのだ。
「リリアナは考えすぎてるだけではないですか? 真名のことを抜きにしても、カイルは理想の相手にはなりませんか? あなたはサーシャと自分を別人のように思っているかもしれませんが、二人の魂は同じなんです。サーシャが好きになったカイルは貴女の理想と同じでしょう? 貴女はカイルの惹かれているはずです」
ダニエル様は何もかもを見通しているかのよう目で私を見ている。私は彼から目をそらした。それが答えだったのかもしれない。
私にとってカイルは前世での結婚相手に過ぎないと思いたかった。そのほうが楽だった。だってサーシャはカイルに愛されていなかったから。同情で結婚してもらっただけの相手に今世でも結婚してもらわなければならないなんて悲しすぎる。できるなら今世では愛し合った相手と結婚して幸せになりたいと思って何が悪いのだろうか。
「でもカイルはサーシャとは違って愛はなかったのですよ。また不幸になるかもしれないのに彼と結婚しなければいけないのですか?」
「カイルとは話をしたことがないのでわかりませんが、不幸になるとは限りませんよ。愛のない結婚をしても幸せになっている人は沢山います」
もっと年齢を重ねればそう思える日が来るのかもしれない。でもまだ若い私にはそこまで達観できない。
それにカイルと結婚すれば彼の母親と付き合っていくことになる。前世では第二の母のように思っていた人。でも彼女の方はサーシャを娘のように思ってはいなかった。彼女のせいでサーシャは死んだかもしれないのに、素知らぬ顔で付き合っていくことができるだろうか。
「カイルとの結婚を勧めるということは、他に方法はないということですか?」
「グレース王女にも同じことを何度も聞かれたが、答えは同じだ。カイルと結婚するか、誰とも結婚しない道を選ぶしかない。真名は魂に刻み込まれているものだから変えることは出来ない」
私とカイルが再会しなければ、前世を思い出さなければ真名に悩まされることはなかった。私がカイルの真名を思い出した時に全ては決まってしまったのだとダニエル様は言う。
思い出さなければ問題なかったと言うのが不思議だ。でもよく考えれば生まれ変わりの人たちみんなが相手の真名を思い出したら大変な事になる。
「はぁー。どうしてわたくしは前世を思い出してしまったのでしょう」
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