第35話

私とカイルが会うにはグレース王女の協力が必要で、グレース王女が隣国へ外交しに行ったため当分会うことはないと思っていた。そのことに実のところホッとしていた。

 私にとって一番いいのはカイルとの結婚だと王女には何度も忠告されているし、内心ではもうそれしかないのかもと考えるようになっていたからだ。真名について調べたくても、国立図書館にしか来れないのに進展するわけがない。カイルが言うには神殿図書館にもめぼしいものはなかったらしい。もしかしたら真名は神だけの領分で、私たち人類には詳しいことは知らされていないのか、それとも神殿の上位の者だけが知っているのか。どちらにしても公爵令嬢であるだけの私ではどうにもできないことだ。

 それでもあきらめきれずに国立図書館でミスラ教関係の本を片っ端から読んでいる毎日だ。

 一心不乱で読んでいたために、前の席に人が座っていることに気づかなかった。その人は本ではなく私をじっと見ている。


「あの、何か用ですか?」


 神殿服を着ているから神殿の関係者だということは一目でわかった。二十代後半の男は金髪碧眼で肌の色は白く、顔立ちはグレース王女に似ている気がした。


「君が前世を覚えているというリリアナ・ミラーだね」


 男の言葉に目を見張った。何故私が前世を覚えている事を知っているの?


「な、何のことでしょう?」

「ああ、警戒しなくていいよ。私はグレース王女の義兄だ。話で聞いたことくらいあるだろう」


 男に言われて思い出した。グレース王女の異母兄だ。確か母親の身分がかなり低くて、彼が生まれたことで母親は側室になったけれど、後ろ盾のない彼の方は幼いころにミスラ教に一生を捧げることにして表舞台からは遠ざかったという話だ。


「ダニエル・ホーエンだ。ホーエンは母方の姓になる」

「もしかしてグレース王女から私のことを聞いたのですか?」

「そうだ。彼女は君のことをとても心配しているよ。自分が外交にいる間に馬鹿なことをしでかさないか私に相談しにくるほどだ」


 馬鹿な事ってなんだろう。さすがに変なことをする予定はないのに。


「そうですか。でも馬鹿な事なんてしませんのでご安心ください」


 私がにっこり笑ってダニエルに言うと彼もにっこり笑い返してくる。私の言ってること全然信じていない顔だ。


「それが信じられないのは何故だろう。こんなところでミスラ教関係の本を毎日のように読んでいる君はとても目立っていることに気づいているのかな?」

「えっ?」


 この区域には誰もいないのに目立っている? 周りを見回すが誰もいない。ダニエル様は何を言っているの?


「王女が言うように君には公爵令嬢としての自覚がないようだ。君は常に人に見られていることを考えて行動したほうがいい」

「そんなこと考えたこともありませんでした。でも本当に見られているのですか?」

「神殿の方にも話が来ているから間違いないね。君がミスラ教関係の本を読み漁っていると。それで何かあるのではないか私が調べることになった」


 たかがミスラ教の本を読んでいるだけで調べられることになるなんて信じられない。でもダニエル様が言うには神殿関係の本を読む人は少なく、何かなければ手にする人はいないそうだ。

 前世を思い出した人がする行動の一つがミスラ教関係の本を読み漁ることらしい。まさにそれを疑われているということだ。


「でもダニエル様はわたくしが前世を思い出したことを知ってるのに、今さら何を調べるのですか?」

「私は知らないことになっているからね。グレース王女との約束もあるし、協力するつもりだよ」


 胡散臭そうな笑顔だけど、ここは信じるしかなさそうだ。それに神殿関係者とは話がしたかったので丁度いいと思うことにした。

グレース王女はダニエル様と話をさせることが一番良いと考えたのかもしれない。でも私はそれを利用させてもらうつもりだ。


「協力ってことは真名について知ってることを教えていただけますか?」

「私が知っていることはそれ程ないよ」

「それでも幼い頃から神殿にいるダニエル様なら、わたくしが知らないことを知っているでしょう?」



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