第40話

「父はカイルが神殿に入るのを許すはずがないわ」


 グレース王女は呆れた目で私たちを見ている。そんな目で見ないでほしい。私はカイルと同じ意見ではないのだから。私だってカイルが神殿に入ることは反対している。


「許されなくても構わない。神殿に入るのは自由なはずだ」


 確かに神殿に入るのは個人の自由ということになっている。でもそれが建前であることはカイルだって知っているはずだ。たとえばグレース王女が神殿に行って出家したいと申し立てたとしても無理なようにカイルも簡単には出来ないのだ。


「そんなことをしなければならないほど母親との話し合いは大変なことだったの?」

「……詳しいことは話したくない」


 チラッと私の方を見てからカイルは話すことを拒否した。それは私には聞かれたくないことだと言っているようなものだと思う。


「わたくしは何を聞いても驚きませんわ。全て話してください」

「君のために話さないのではない。私が君に知られたくないだけだ」


 同じことではないのか。でもカイルにとっては違うようだ。考えるけどいい案なんて浮かんではこない。カイルが話したくないと言ってる以上、詳しいことは聞けそうにない。でもグレース王女にはきっと後から話すに違いない。それが何となく悔しい。


「決めましたわ。わたくし、カイル様と結婚します!」


 私はカイルが神殿に入ると言い出したときから、覚悟を決めていた。カイルは私との結婚よりも神殿に自分が入ることを選んだ。そのことはショックだったけど、だからといって彼が神殿に入ってしまうのを黙ってみているようなことはしたくない。


「まあ、リリアナ。わたくしは貴女がそう言ってくれると思ってましたわ。さあ、父にカイルが結婚することになったと報告しなければ」


 グレース王女はベルを鳴らして侍女を呼ぶ。


「グレース王女、少し待ってくれ。まだ何も決まっていないのに陛下に報告されるのは困る。リリアナもよく考えたほうがいい。結婚というのは一生のことだ。私が神殿に入るのを止めるためだけならやめておきなさい」


 カイルの言葉は幼い子供に言い聞かせているようだ。確かに年齢差はあるけど、子供のように扱われるのは不満だ。私はもう結婚できる年齢になっているのだ。


「自分の一生のことです。それだけで決めたリはいたしません。わたくしにとってカイル様との結婚が最善だと思ったからするのです」


 本当はカイルの方から申し込んでほしかった。どうして女の私の方から結婚するなんて言わなければならないのか。でもこのままでは本当に神殿に入ってしまいそうで黙っていられなくなったのだ。結局私はまたカイルに恋してしまったのかもしれない。


「よく言いました、リリアナ。何も心配しなくていいわ。わたくしがこの結婚を絶対に認めさせて見せますわ」


 グレース王女は誰に認めさせるつもりなのだろう。私の父は反対なんてしないと思う。兄のことだろうか。確かにあれは少し厄介かもしれない。


「グレース王女が何と言おうと、リリアナとは結婚しません。できるわけないでしょう」

「何がいけないの。真名のことも解決できるし、貴方が神殿に入るより周りに迷惑にならないわよ」


 認めさせる相手って、カイルのことだったのね。カイルってばそんなに私との結婚が嫌なのかしら。


「母のことがあるでしょう。私の母はサーシャの死の原因になっている。それなのに結婚できるわけがない」

「カイルは勘違いしているわ。リリアナはサーシャの生まれ変わりだけど、サーシャではないの」


 そう、私はサーシャの記憶を覚えているけど、サーシャではなくリリアナだ。


「サーシャではない?」


 カイルは不思議そうな目で私を見た。初めて見るような目で見ている。


「わたくしはどこから見てみサーシャとは違うでしょう? 性格だってまるで違うと思っているわ。カイル様の母親と仲良くできるかはわからないけど、それはどこの姑と嫁も同じだと思うの。わたくしでは駄目ですか?」

「駄目ではない。駄目ではないが……困ったな。本当にいいのか?」

「はい。たくさん考えて決めたことです。後悔なんてしません」


「決まったわね。父に報告しますわ。きっと大喜びされるわ」


 グレース王女は陛下に報告しに侍女と出て行った。残された私たちは勝手に帰るわけにもいかず、王女が陛下を連れてくるまで用意されていたお茶を飲みながらこれからの予定を話していた。

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