第48話
それは少しずつ私に気付かせていった。
気付きたくなくても、足音が聞こえるたびに記憶を刺激する。
私はずっとわからないふりでいたかった。でもそれは許されないようだ。サーシャとしても記憶が私に訴えているのだから……。でもこれはサーシャも望んでいないと思う。そう思うのに暴かなくてはいけないのだろうか。
「今日は西の棟を案内しましょう」
ノートンの声はいつもと変わらないのに、私は彼が緊張しているような気がした。
「西側?」
「はい、まだ案内しておりませんでしたから」
西側はかつての私が閉じ込められた部屋がある場所だ。今はあの棟は使用人の部屋になっていると聞いていた。だから私が行く必要のない場所だとカイルは言っていた。その場所に案内してくれるとノートンが言っている。
「西の棟は使用人の部屋があるだけなのでしょう? わたくしが行くと嫌な思いをするものもいるのではないかしら」
「使用人の住んでいる場所を確認しておくのも女主人の役目かと思われます」
ノートンの言ってることは正論だった。女主人として使用人のことは何でも知っているほうがいい。使用人たちの棟に一度も行かずに、彼らのことを何でも知っている顔は出来ない。それに改装してあの部屋は潰したと聞いているし、大丈夫なはずだ。私はサーシャではなくリリアナだから心配することは何もない。
「わかったわ」
ノートンは私があっさりと頷いたことに目を見開いた。もっと嫌がると思われていたようだ。カイルから何か言われていたのかもしれない。
使用人のほとんどは働いているので、西の棟は静かだった。休日は交代でとることになっていて、まとめて休みをとって実家に帰ったりで外泊することが多く、休みの日に部屋にいる人は少数だそうだ。これはノートンが教えてくれた。
「まあ、ではこの棟に今いるのはわたくしたちだけなの?」
「どうでしょうか。一人か二人は部屋でダラダラしているかもしれません」
「いつも立ちっぱなしだから、休みの日くらいゆっくりしたいでしょうね」
使用人の朝は早く、夜遅くまで働いている。食事の時間や休憩はあるけど、それでも働きすぎではないかと思っている。カイルにそう言うとオッドウェイ家では夏と冬に交代で長期休暇をとれるようにして、長く勤めた者には有給休暇を与えていると言われた。これはサーシャの父であるマドリード伯爵に習ったそうだ。
使用人も同じ人間だということを忘れてはならない。わかってはいるけど、長く一緒にいるとついわすれてしまうのかもしれない。私はカイルからこの話を聞いて、絶対に忘れないようにしようと思った。
西の棟も掃除が仕事として組み込まれているようで、廊下も応接間もとても奇麗に保たれている。簡易キッチンも使用した人は必ず掃除することが徹底されているから、ごみ一つ落ちていない。
「今日わたくしが視察することを伝えていたのかしら」
あまりに整理整頓がされているのでノートンに尋ねると首を振られた。
「いえ、誰にも伝えていません。ただ、そろそろ見回りがあるとは思っていたかもしれません」
男女の部屋は階で分かれていて、異性は入室禁止になっている。これを破るとペナルティが課せられるので、今まで破った者はいないということだった。
「なんだか探検しているみたいで楽しいわ。こんなふうに暮らしていたなんて知らなかった」
使用人は清潔でなければいけないので、風呂もあった。豪華ではないけど広くて使いやすそうな作りになっている。
「旦那様には反対されましたが、一度くらいは見たほうがいいと思い案内させていただきました」
「やはりカイルは反対したのね」
カイルにとってこの棟は不吉で嫌な思い出でしかないのだろう。
歩いているうちに例の場所の近くまで来ていた。
それに気付いた私は思わず足を止めてしまった。
気にしていないと思っていたのに、足が動かない。廊下の感じも、壁の色も何もかもあの時とは違うのに怖くてたまらない。身体が震えて座り込む。
そんな私を見るノートンの瞳はわたしではない誰か別の人を見ているようだ。
「ああ、やはり貴女はサーシャ様なのですね。神を信じていたのに、生まれ変わりを信じていなかった私に神は罰を下されたのですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます