第45話
結婚してからの毎日は楽しくて仕方がない。好きな人と生活できる楽しさは何物にも代えられないものだと思う。サーシャだった時と違い、公爵令嬢の私は皆に歓迎されているからかもしれない。あの頃の使用人はごくわずかしか残っていないし、私はサーシャではないのだから大丈夫。
執事のノートンはあの頃よりだいぶ老けていた。髪の毛は真っ白になっている。それでも優秀なところはあの頃となにも変わっていない。
庭師のガイと侍女が二人ほど見覚えがある。みんな年をとっているけど面影が残っている。どうしてもサーシャの時に知っていた相手には、警戒してしまう。彼らに何かをされたわけではないけど、それでも他の使用人と同じようには接することが出来ない。
「奥様は私が気に入りませんか?」
執事のノートンから率直に尋ねられた時、私は内心ではドキドキしていたけど首を傾げてみせた。なんのことかわからないと思っている姿勢で誤魔化したい。
カイルも私の態度に気づいて、彼らをやめさせようかと聞かれたことがある。何もしていない彼らをやめさせるわけにはいかないので大丈夫だと返事をした。それなのにやっぱり駄目だったとは言えない。
「わたくしが? ノートンは旦那様の言う通り優秀な執事だと思っておりますわ」
「そうでしょうか。私が近付くと身構えておられるように見受けられます。もし私が気に入らないのであれば、いつでもやめる覚悟はできております」
「まだ慣れていないからですわ。どうかやめるなどと言わないで。カイルが悲しみますわ」
カイルの父にも仕えていたというノートンのことをカイルはとても大事にしているので辞められてしまっては困る。私はサーシャの記憶に影響されているだけで、彼を嫌っているわけではない。
「……わかりました」
ノートンは納得いかないような顔で私を見ていたがそれ以上は何も言わなかった。私は彼に見られないようにため息をつく。実はこれは三回目なのだ。さすがにこれからは気を付けなければならない。
「ノートン、お義母様からは何も言ってきてないのかしら。結婚してからもう一月でしょう?」
「大奥様は奥様が公爵令嬢だったということで気おくれされているのでしょう。こちらからお茶にでも誘われたらいかがでしょう」
「そうね。お願いするわ」
「かしこまりました」
カイルはこのまま疎遠でいいと言うけれど、貴族社会で義母と上手くいってないことは噂になりやすい。仲良くとまではいかなくても、普通の関係は築かなければならない。
「それと明日はグレース王女を訪ねることになっているから、馬車の用意をお願いすることになるわ」
結婚してからご無沙汰していたが、グレース王女は元気にしているだろうか。明日はグレース王女の方からの招待だ。きっと王女の方も話がしたかったのだわ。
そういえばグレース王女の縁談ってどうなっているのかしら。隣国の王子との結婚話もあったけれど、いつの間にか立ち消えになっていた。少しぽっちゃりしているせいか縁談がまとまらないらしい。私としてはぽっちゃりして可愛いと思うけれど、世の男性はやせ型が望ましいと思っているようだ。
何故グレース王女は痩せようとしないのか不思議に思うことがある。彼女は聡明な人で自己管理のできない人ではない。もしかして縁談を壊すためなのではと思うことがある。
「手土産に甘いものをご用意いたしましょうか」
「そうね、きっと喜ばれるわ」
グレース王女の甘いもの好きはノートンも知っているようだ。カイルにでも聞いたのかもしえない。
久しぶりの外出も嬉しいけど、甘いものが食べれることも楽しみだ。ここはカイルしかいなかったせいか、甘いものがあまり出てこない。今もお茶をしているのにお菓子が何もなく、なぜかサンドイッチが並べられている。こんなものを食べたら夕食が入らなくなるわ。
きっとカイルに合わせているのだと思う。少しずつ変えていかないといけないとは思いつつ、今は静観している。どこから手を付けたらいいのか。
お義母様が再婚されてからカイル一人で住んでいたから、全体的に家が男っぽくなっている。やはり甘いものから手をつけるべきよね。余れば自分たちの口にも入るのだから、侍女たちも喜んでくれるだろう。
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