終わりの時、始まりの時と共に
35、
「終わったよ、オルトン君」
血塗れの右手を着ていたローブで拭いつつ、適当に割った窓から外にいるオルトンへと声をかける。
そしてしばらくエイトは待って、オルトンが到着した。最初にエイトが潜入して、オルトンの障害となりえる構成員は全て始末していたから、オルトンはあっさりとエイトと合流できた。
「……おつかれ、エイト。アンチ・クランのみんなはどこにいる?」
「あぁ、そこの部屋にいるんじゃない? ギオーナの野郎が何か出てきたからさ」
そうエイトが指し示した部屋の扉を開けて、オルトンは仲間だった者達と再会する。
アンチ・クラン全員が驚いていた。誰もが予想していなかったようだ。
オルトンは手早く、全員の拘束を解いていく。そしてハリスを揺さぶって目を覚まさせた。
「……オルトン?」
「ハリスさん、今すぐ残った仕事を終わらせてください。もう脅威はエイトがほとんど取り除きました」
「やっぱ、エイトも来たのか……」
ハリスは気絶していたにも関わらず、すぐに立ち上がり皆を先導する。目指すはワン・モアの首領であるモナクの部屋だ。
「……オルトンも一緒に来る?」
ハリスは皆を引き連れてモナクのところへ向かう前に、オルトンにこう問うた。
オルトンは黙って首を横に振る。意思表示はそれだけだった。
「そう……じゃあ、またね」
ハリスとの会話はこれっきり。オルトンはこれ以上、この施設に長居をするつもりはなかった。
「エイト、手間をかけさせて悪い。これで俺のやりたいことは終わりだ」
「あっそ。手間ってほどじゃないからいいよん。ただお別れを言いに来ただけなのは驚きだけどさ」
「俺なりのケジメってやつだ。何のケジメにもなってねーって言われるかもだが」
「いいんじゃない? もう残りはハリスがやってくれるんだし、この街にすら用はない」
オルトンとハリスはワン・モアの施設を出る。玄関のあたりで、男性の絶叫が聞こえたが、すでに他人事。きっとモナクが始末されたのだろうが、見に行くつもりはない。オルトンはハリスを信用しているからだ。
数時間後。日が昇りたての時。
ハリスはエイトと出会った場所で宣言した。ギヨナタウンからワン・モアを消し去ったと。高らかに。仲間たちと共に。
「これからは、もう自由だ! ワン・モアに怯えて暮らすこともない! ギヨナタウンは皆の街に戻った!」
誰も見下さないように、高いところには昇らない。自分も民衆の一部であることをアピールするように、人と同じ目線で宣言する。
これだ、人間としての最後の仕事。そう思って、誇り高く声を張り上げる。仲間たちもそれを祝う、ただハリスのことを見つめているだけだが、この喜びの気持ちを伝えるには眼だけで充分。
「我々は、永遠に自由だ……ッ」
その言葉が最後となった。
ハリスの人生の幕引き。それと同時に、アンチ・クラン全員の人生が終結する時が始まった。終わりの始まりだ。
民衆は自由となった。だから、アンチ・クランという組織に恐怖する。あらぬ誤解といえる、疑い。疑惑の念が、民衆を包んでいた。
恐怖と力の象徴であったワン・モアを倒すような組織。そんな組織が街にいてたまるものかと、たった一人が言い出しただけで、皆がその意見を受け入れてしまう。
悲鳴、絶叫。怒りと憎しみ。すべての負がここにある。
民衆の数と貧弱さを知っているからこそ、アンチ・クランは反撃するのを躊躇い、遅れてしまった。
民衆は弱いほど、正義に強くなる。その真理を、アンチ・クランという組織は死ぬ間際に悟ることになった。
遠くで眺めていた。オルトンとエイト。
「これが人間ってやつなら、全く憧れもないねぇ。改造少女を造ったような連中なんだから、こうなることって最初から想像ついてたけど」
「憧れなくていいさ。人間ってのは、弱い方が賢しくて、意固地なんだ。自分を脅かそうとする者には強く威張るけど、脅かされたら虫けらと同じ」
「虫けらにしちゃ、やけに強いね。恩を仇で返してるんだから、少なくとも畜生より劣ってない?」
「あぁ、劣ってるさ。動物は恩を感じるのに、人間は返さないことがある。だけど、それが人間って奴なんだろうな。きっと恩返しをしないことが、人間の幸せなんだ」
「これが、オルトン君の望んだ結末?」
「いいや、全然違う。こんなのは望んでない。アンチ・クランのみんなにも、幸せになってほしかったけど、それじゃ民衆が幸せにならない。だからもう、俺はこの街にもう何も望んだりしない」
「だから、旅に出るっての?」
「お前にも、幸せになってほしいからな」
二人は街に背を向けて、荒れた大地に一歩を踏み出す。
いつの世の中でも、全員の幸せはありえない。しかし、幸せを諦めたりしないのが人間という生命体だ。たとえ他人を蹴落としても。
オルトンとエイトは、蹴落とさなくて済むような幸せを求めて、旅へと逃げる。
二人だけの逃避行。人間からの、脱走。純粋に、幸せを求めて。
超戦闘兵器改造少女は、人間作戦実行中だからって危険はありませんか? 有機的dog @inuotoko
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