言ってはいけない、改造少女へ
27、
まさか出会うとは思っていなかった。双方とも、そう考えていた。こんな暗闇の中で、出会ってしまうとは、まさかとしか。
「デリックの仇ッ……!」
女性は小型のソーラーパネル付きのライトを手に持ったまま、懐にしまっておいた錆びつき始めている包丁を取り出す。
殺意が痛いほど伝わってくる。ハリスはその殺意に気圧されないように、女性の眼を睨むように見る。
「待ってください、落ち着いて。いきなりそんな刃物を取り出さないで」
「落ち着けるもんですかッ。息子の仇が目の前にいるこの状況、落ち着けなんてそんな!」
息子の仇。復讐。女性の目的はもうそれのみに絞られている。他の事などどうでもいい。そういう意思が、言葉の波長で理解できる。
「アンタらのせいでッ……息子は石打ちにされたッ。何の罪なんてなかったのに、濡れ衣を着せられてッ……アンタらがいるから!」
「だから、落ち着いてください。私達はあなたの敵じゃ……」
「殺された息子の無念は、アンタらに受けてもらうしかない。この無念を晴らしてッ」
「石打ちはワン・モアの政策でしょう。だったら怨みはワン・モアにぶつけるべきです。私達はそれに協力できます」
「ワン・モアなんてどうでもいいのよッ。あんな奴ら、従っていれば何もしてこないんだからッ。それを、アンタらが余計な事をしでかしたからッ、息子は死んだ!」
ワン・モアをあんな奴らと呼んだ、それは忠誠心のない証拠。この時間帯、ワン・モアの捜索隊はすでに帰っているはず。だから、この女性は捜索隊とは無関係。
ハリスはそう予想した。予想を確かめる術は、本人に直接聞くしかないが、どうもそんなことを悠長に話してくれるような雰囲気ではない。
「ハリスゥ、あの女はもうアンタを殺すことしか考えてないんじゃなァイ? まぁ問うまでもなくさ、間違いないけどねぇ」
ハリスの背後から、茶化すようにエイトが喋る。
そんなことはわかっているからいちいち口にするな、とハリスは言ってやりたくなるが、復讐を目的とする女性を目の前にしているために自重する。
「居残ってよかった……神様はこの復讐を正当なるものであると理解してくださっている。だからこの包丁をアンタらの心臓で受けてもらうからッ!」
女性はワン・モアの捜索隊に協力していた民間人の一人。昼間からそこら中を探し回っていた。目的はもちろん復讐のため。見つけ出したら、他の仲間に知らせるまでもなく殺してやる、その覚悟でワン・モアに同行したのだ。
結局、昼間を通して探し回ったものの、誰一人として見つけられなかった。
夜になり、ワン・モアの連中と同行していた民間人は撤収していった。
しかし、まだ諦めがつかず、撤収せよという命令を無視してこの無人の地区に居残ったのだ。たとえここで死のうとも、怨霊となってアンチ・クランを呪う。それほどの決意できたのだから、居残りを選択するのに全く後悔はなかった。
そして巡り合えた。見つかるかどうか怪しかったのに、見つけられた。
これは神様がくれた、仇を討つチャンス。女性はそう捕えた。それ以外に何がある。
「デリックはッ……優しい子で、配給の少しの食料も子供たちに分け与えるくらいで! みんなから慕われる自慢の息子だったのにッ!」
感情が心から溢れ出てきて、止まりそうにない。言葉にして流していかねば、どこかで詰まってしまう。そしてこの感情は、決して詰まらせてはいけないものと、女性は思った。
「あの時、アンタらがワン・モアに逆らうような真似をしてくれたからッ……息子は死んで……さ。アンタらが逆らわなければ……勝ち目のない争いなんかしてくれたから、息子は死んだんだ! 責任を取りなさいよ!」
身に覚えがないといえば、この女性はさらに怒ることは間違いない。だからハリスは黙っていた。いつ攻撃されてもいいように、警戒をしながら。
女性はライトと包丁を持ったままにじり寄ってくる。しっかりと目標を定めて、月殺すために。
「ねぇ奥さんさぁ……それなら復讐すべきはワン・モアの方じゃないのぉ?」
「……余計な事を喋らないで!」
エイトの口を塞ぐハリス。ここまでオルトンは何もせず、ただひたすらに女性だけを見ていた。
「ワン・モアに復讐なんてできる訳ないでしょう! できるんなら皆殺しにしてやりたいけどねッ……規模のでかい奴らに突っ込んでも、無惨に殺されるのがオチだろうが! アンタらみたいな弱小ならッ、これでいけるからね!」
世間一般の評価を、端的に教えてくれる女性。
アンチ・クランはワン・モアに簡単にひねりつぶされるくらいの雑魚。しかし、たまに余計なことをしてワン・モアを怒らせるから迷惑。そういう認識なのだ。世間は。
「とにかく、アンタらが余計なことをしたからだ! 死んでしまえ!」
急に走り出してくる女性。ライトを捨て去り、包丁を両手に持って突進してくる。
「オルトン君、ここはひとつハリスに任せてしまいましょー」
「おいッ、ちょっとエイト!?」
そう言って、エイトはオルトンを引っ張って、ハリスから離れる。ハリスはその事を気にしない。目の前の女性をどう処理するかだけ考えている。
「死ねクソッ!」
心臓狙いで包丁を前に突き出す。動きは単調。ハリスは女性の両腕を掴んで、包丁の進みを止めた。がっちりと、女性の両腕を動かないように。
「離せ!」
女性は脚でハリスを蹴る。何度も、何度も、同じように。しかし慣れていないようで、疲れがだんだんと蹴りに表れてくる。しかし辞めないのは、執念によるものだ。
ハリスは状況の打開策を考えながら、女性の罵詈雑言を聴き続け、力を込め続けている両腕をがっちりと止め続ける。
オルトンはハリスの加勢に行きたかった。いくら喧嘩中とはいえ、人の危機はそう簡単に見過ごせない。何せハリスには、今まで世話になったから余計に。
「オルトン君、任せようって言ったじゃんさぁ。お話でもしようよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろうッ」
オルトンはエイトに右肩を掴まれている。少女の身体からは想像できないほどに強い力。強引に前に進めば肩が外れるくらいに、強く掴まれていた。
「ねぇオルトン君。正直に応えてちょ」
「なんだッ?」
「あのハリスってのは、改造少女……の出来損ないだよね?」
ハリスは自身が改造少女の欠陥品であることを、エイトに明かしていない。そしてハリスは自身の正体をエイトに言うなと、構成員全員に口止めしている。オルトンもそれを守っていた。
どこからもそれが漏れるはずがない。そう思っていたから、エイトの言葉にオルトンは硬直してしまった。
「答えないってことは、正解かな。確信があるから、聞くのはただの確認なんだけど。どうして言ってくれないのかなぁ、同胞のくせに水くさーい」
「……どこでそれを知ったんだ?」
「会った時から何となくわかってた。改造少女っていうか、研究所で何かされたヤツは匂いが違うから。あの匂いは改造少女に近いけど、惜しい奴だね」
ハリスの状況を楽しそうに見ながら、オルトンに説明する。ここで説明をする意味を、オルトンはわからない。
「オルトン君、君にいいことを教えてあげる。ハリスのとっておきを、ここでお披露目させてあげるから」
「……何をするつもりだ」
「改造少女には本気にさせるための言葉がある。研究所の奴らはキル・ワードとか呼んでた。その言葉を聞くと、改造少女は冗談抜きで殺しのみをやるようになる」
「それがなんッ……まさか、エイトお前!」
「正式な改造少女のキル・ワードは別々に設定されてるけど、粗悪品のキル・ワードは統一されてるんだ。交流のあるナインに聞いたから間違いない」
改造少女は殺しをするために存在する。しかし殺しを失敗させることがあったり、拒否されることもあった。だから、強制的に従わせるように教育した。それがキル・ワード。
殺し以外のことを考えさせない。無慈悲に人間の善を奪う言葉。
「ナインは司令塔として改造を受けたから、粗悪品の方もしっかりと把握してた。もちろん自分のも聞いておいた。自分で言ってみたら、結構面白かったんだ」
「エイト! お前のつもりがわかった!」
「ハリスゥ! 聴いてほしいことがあるんだァー!」
確実に対象を殺すために、改造少女を動かすための悪魔の呪文。キル・ワード。
今それをハリスに聞かせれば、何が起こるか簡単に想像できる。
だからオルトンはエイトを止めようと、エイトの口を塞ごうとした。しかしエイトはオルトンの動きをスルリと避けて、オルトンを転ばせる。そしてゆっくりと、ハリスに近寄っていった。
「今は忙しいッ、見てわからないか!」
ぬるりと、エイトの蛇のような動き。そしてハリスの耳元で呟いた。
「キル・ワード……ストルティ」
愚か者達を意味する言葉。それこそが、改造少女の欠陥品の、統一された呪いの言葉。
ハリスの表情から、危機の感情が消える。
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