記録・ロス・見つけた
33、
「さぁ、行くぞ」
ハリスの小さな声でも、よく聞こえる。真っ暗闇の中の他の7人が黙っているから、命令伝達もかなり速い。
月も天下を太陽に譲り始める時間帯。空が一番暗い時間。誰もが寝静まる、まさに静寂の空間。ギヨナタウンそのものが眠っている。
ギヨナタウンへの潜入までは、予想通りに計画通りにスムーズだった。すべての動きが打ち合わせ通りに近い。最良、それはチームの士気を静かに高める。
石打ちの刑にあった被害者たちの亡骸を道中で発見し、道の脇の地面を掘って埋葬しておいた。
これはハリスの案だ。予定にはないが、メンバーは理解を示してくれた。時間もかからずに、効率よくできた。
ちゃんとした墓は作れない。帰ってきたら作ろうと、ハリスは皆に約束しておいた。
「私が死んだとしても、あの人の墓はちゃんと頼むね。私のは適当でいいから」
「これから潜入と言うときに、そういうことを言うのはよくない。全員、欠けることなく作戦を完了させて、この街を救うんだ」
リチャーズの言葉に、ハリス以外の6人がそうだと頷いた。ハリス、リチャーズを含めた8人構成。この8人が、今のアンチ・クランのメンバーでの最高のメンツだ。
ハリス。リチャーズ。カルロス。バッブ。メリア。チェザリク。ハロルド。アレーヌ。
男性5人。女性3人。全員が精鋭。非の打ちどころのない構成員だ。
戦闘能力はもちろん、身体能力、記憶力など様々な面を考慮して、アンチ・クラン全員で推薦した選り抜きの選りすぐり。潜入ミッションが最も成功しやすいメンバーだ。
ハリス、メリア、アレーヌが女性。ハリスは戦闘要員で、他2人は索敵を専門としている。この2人は耳が利く。視力もあり、注意深い性格をしている。索敵にはもってこいの人材なのだ。
男性は全員が戦闘員。もしもの時の保険ともいえる。潜入作戦だからそう戦いはないだろうが、念のためだ。
男性も女性も全員、敵を速やかに暗殺するための装備を整えてきている。必要最低限の殺しで済むことを、皆が願っている。
誰もがそう願うなら、結果もきっと願った通りになってくれる。希望的観測。だが、それが士気の向上につながる。希望こそが奮い立たせる。人々が持つ力なのだ。
何事もなく、ワン・モアのアジトの門の前まで到着した。別動隊もすでに到着しているようだ。黒い服に変装しているからわかる。暗闇でわかりにくかったが、視認できた。
別動隊は残りのメンバー。補欠もいる。もしも問題が起こった時のための、対応に回ってもらう役割を担っている。全員が責任を持っている。
潜入組のハリスが先頭。離れたところにいる別動隊の仲間に、モールス信号で敵の様子を聴く。すぐに返答がある。石がコツコツとなる音、それだけで会話になる。
現在、敵2名は門の裏に入った。周囲に人影はナシ。
それだけで動く。ハリスは迅速な移動で、門をくぐる。
くぐった先には当然敵。わかっていたことだから驚きはない。速やかにナイフを持って、敵の喉笛を裂く。
敵2人は突然の事で声も出せなかった、出せた音は喉からでる空気の抜ける音だけだ。
まだ死んでいない。痛みに悶えて戦闘どころではないが動けるのなら脅威とハリスは断じる。すかさず、持っているナイフで2人の頸動脈を切断。崩れ落ちる2人をそっと抱き留め、地面に寝かせた。
優しさがあるのか、ないのかわからない。ちぐはぐな行動。改造少女の端くれとして吹っ切れたはず、だから残酷なことも許容できる。
今だって残酷なことをした。改造少女の端くれらしい行動だった。しかし、その後がらしくない。改造少女という怪物ならば、放っておくのが普通なのだろう。優しさを微塵も見せない行為が改造少女なのだろう。
中途半端。端くれだからこそ、すべてが半端。心の針が振りきれない。
「……クリア。突入」
腕と声で、後続にいた潜入メンバーを引き入れていく。
リチャーズが転がった男2人の無惨な死体をみて、ハリスの顔をみる。だがすぐにアジトへと静かに走った。
リチャーズの言いたいことは、何となくわかる。殺さざるを得ない状況でなかったのだから、殺さなくても良かったのではないかと。
そういう行動は俺がやる。お前がやっては、お前の嫌がっている怪物になってしまうのではないか? きっとリチャーズはそう言いたかったはずだ。
リチャーズは私を過大評価しているように思える。君の知っているハリスは、エイトによって違う存在へと変えられた。否、目覚めさせられた。今までのハリスは、虚像だった。
今、この2人を殺したけれど、特に何も思うことはなかった。
あぁ、殺したから死んだ。それしか思わなかった。殺人鬼、怪物。もうすっかり、それになっている。
改造少女の端くれで中途半端だから人間性がまだ残っている。この人間性は今夜で消えてなくなることは予定に入っている。今夜はまだ人間っぽいことをしてしまうだろう。
今夜を過ぎれば、もうまぎれもなく怪物となる。毛嫌いしてたのに、逃れる術がないから諦めた。悪の存在となるしかない。今ですら正義が何かを語るのはおこがましいのだが、もうこれから語ることもないだろう。
そして、この街の悪は全て今夜消えてなくなる。正義だけが残る。
そのために、まだちょっとだけ人間の心を持っているから、半端者だからこそ私は戦える。ギヨナタウンの未来のために、人々のために。悪を討つ。
アジトの中には比較的簡単に潜入できた。施錠されていたが、ピッキングが得意なチェザリクが開けてくれた。
監視カメラもほとんどが装飾品に近い。電気はもう通っていないからだ。明かりは蝋燭やガスランプ。しかし今は深夜、明かりはすべて消えていた。
「……こちらハリス、潜入に成功した。周囲の状況を。どうぞ……」
トランシーバー。貴重な代物だが、こういう連絡手段はあるととても役に立つ。
外にいる別動隊からの連絡を待ちつつ、索敵を怠らない。
『……こちら別動隊。敵影は見当たらない。巡回も終わったようだ。監視は続ける。以上」
時間は限られている。制限時間というものは特にないが、ばれるまでに全てを済ませてしまいたいのだ。
ゆっくりと、忍び足で廊下を進んでいく8人。階段で2階に昇る際に、二手に分かれることにした。戦争をする軍の倉庫を改築した建物。妙に広い。
ハリス、リチャーズを含む4人は2階を捜索。残りの4人は1階を捜索することになった。目標はワン・モアの首領、モナクただひとり。見つけ次第始末するのだ。
一部屋ごとに調べて回ることにした。武器庫や書類などの倉庫を見つけたら、有用なものはできるだけ持っていくことにしているからだ。
ハリスの組、まず一部屋目の扉を開ける。緊張の瞬間。誰かが起きているのではないかという不安。明かりは点いていないものの、人がいないという確証はないのだ。
結果として、人はいなかった。扉を、音が出ないようにゆっくりと開けて、4人は中に入る。扉は閉めておいた。
「ここは……何の部屋だと思う?」
ハリスの疑問。2階の階段のすぐ脇の部屋。施錠はされていたが、何とかピッキングで開けた。施錠されているなら、それなりに重要な部屋の可能性がある。
「……書庫にしては、本の数が少ないな。しかもこれは……戦時中の代物だな。割とレアな代物だ」
部屋の中にあったのは、本棚がふたつ。まばらに本が収納されていた。
戦時中の本というのは、リチャーズの言う通り貴重品だ。戦時中というよりも、それ以前に、本という存在は激減した。電子機器で書類などが管理されるようになっていたからだ。もちろん、重要な書類などは紙であることも多い。
しかし、本というのはほとんどが娯楽のためのもの。戦争には必要のない物だ。しかも世界中を巻き込む大戦争、本を書くような知識人も徴兵されていたはずなのだ。
きっと、徴兵されても休憩中などにコツコツと日記感覚で書いていたのだろう。
そんな物好きも少なかったから、戦時中に執筆された本は貴重なのだ。
「……これは」
ハリスは一冊を手に取る。何気なく見ていて、身に覚えのあるような題名の本。そんなに分厚くはないが、ずっしりと重く感じる。
「どうした? ここでそれを読むというのか?」
「……後で必ず合流する。リチャーズ達は隣を調べてきて」
ハリスの視線は本の文字に釘づけだった。何を言っても聞いてくれなさそうな態度。
リチャーズ他2人は部屋を出て、隣の部屋へと向かう。ハリスの戦闘能力なら、少しくらい1人にしても大丈夫だろうという信頼があるのだ。
ロス。人 の味 をして て るの わ らな 。先 どの 動はど い 意 で った か、さ わ ない 聞 てみ い だが、あの 命体 しき 在に、 葉は通 る だろ ?
信じら ないこと 起 て る。ロスは人 を 解して る。 か喋り した。
こ に聞 たこ を書 留め おこう 思 。
は地 から 使者である。 球は人 を見 てよ とはし いない 我 人 、 球の わ に審 す 。我を再 、 の地に呼 戻し の ら、人類 断罪 る
こ は 球 志であ 。 この地 眠り つく。願わ ば、も 二 と日 目 見るこ がな よう 。
本の内容は、一部がかすれていたり、汚れていたりしていて読むことができなかった。
かろうじて読めた部分だけでも、ハリスにとっては充分だった。
「ロスの……あの時の近くにいた人の日記帳みたいなもの……。戦争が終結したあの日の、記録……」
人類のトラウマともいえる日。終末が迫っていたあの時に起きた、奇跡の出来事。すべてがゼロに戻り、帰結した。そして、始まりを告げられた。
ハリスはその本を元の位置に戻しておく。特に持っていく意味もない。合理的な判断だ。
持って行って、仲間に見せても、嫌悪感を植え付けるだけの本。意味がないなんてレベルではない。あの日を生きた人間に、この本を見せるべきではないのだ。
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