どちらもきっと悪いと思ってない

「……聴いてください。とにかく、俺の話を」

 ハリスが発している、圧倒的な完全なる敵対心。それは戦闘経験に乏しいオルトンでもはっきりとわかるほどだった。それほどに、オルトンはハリスの一本の線を切り裂こうとしている。その線が、何かわかっていながらなお挑む。

「ハリスさん……わかってほしい。改造少女の端くれを名乗るのなら、粗悪品と自身を蔑むのなら、理解を示してほしいんです」

「不可能。そして警告。これ以上、口を開かないで。もうだいぶ頭に血が上ってるけれど、本当にもう怒るよ?」

「ハリスさんは人間として生きてるのなら、エイトにだってそれが……」

「できる訳がないだろうッ! 何も知らない、戦いも怖がる臆病者が意見していいことじゃない! わきまえろ!」

 ハリスの心の一本の線。それをオルトンが絶った。ブチっと、音を鳴らして。きっとその線は、目に見えるのならば、淡く儚い紅色だっただろう。

「改造少女は人類の生み出した負の遺産ッ! 死にゃしない怪物ッ! 殺しだけを生きがいにする、傍迷惑なんてレベルをとうに超えてる悪鬼ッ! あんな血を浴びたガラクタ人形如きに、人間性なんてありはしない!」

「ありますよ。人間性なんて、すぐに構築できる。そして向上させられる。改造少女は思考が、思考することができるのだから。ハリスさんの言う通り、人間性がもしなかったとしても確実に作り上げることができる。俺たちの手で!」

「改造少女が思考するのは、殺しをするための手段を考えるためだけに植え付けられたプログラムだ。機械に頭をぶち込まれて、教え込まれている。そんな機械が親の改造少女に、人間性の構築、向上は不可能だッ! 奴は決して、人の事なんて理解したりなんかしないんだよ!」

「改造少女のエイトは、俺の相談に乗ってくれた。俺の話を聞いてくれた。話を聞くってのは、相手の事を理解したいと思うからだ。エイトはそうしたんだ。人の事を理解したりなんかしないのなら、相談なんか乗ってくれたりしないでしょう!」

「改造少女に相談をしたぁ!? もう君のことを非人間と蔑むべきか! 恥ずべき行為とわからなかったのか! なんでアンチ・クランのみんなにせずに、よりにもよって改造少女なんかに相談をしたんだ!」

 仲間を信じていない。共に戦う友人達に、相談をせずに改造少女という怪物に相談を持ち掛ける。それがハリスは許せない。共に戦ってくれる仲間だったのに、共に戦う決意をしてくれたはずなのに。裏切られたという気持ちが、ハリスの心の、怒りの歯車を回転させる。

「エイトが、俺に興味があるって言ってくれたから。だから、興味を持ってくれたんなら、相応の話をしないといけないでしょう!」

「それは人間と話すときだけだ! 改造少女と人間は、違うんだよ!」

「違くなんかありません! 改造少女のエイトは、俺の悩みを聞いてくれた。エイトに対して殺したほうがいいのかっていう、訳の分からないことを言っても、エイトは本気で考えを打ち明けてくれたんだ! 包み隠さずに、殺すか殺さないかって迷っていた俺に、ひとつの道を示してくれたんだ!」

 エイトが示した、殺しの道。その道をめぐるのは、エイトにとっては大したことではない。殺しを楽しめるのなら、この道こそが真実である。

 そして、その道を示されたオルトンが選んだのは真逆に続く道だった。エイトの意見や罵倒が、背中を押した。だから道を選んだ。

「そんな女の子が、怪物だけの存在だなんて思えない。人間としての本質だって、しっかり持ち合わせてるはずなんです。殺しを楽しむのは、タガが外れてしまってるだけだから、直せるはずです」

「そんなものは君の理想でしかないだろう! 真実を見ろ! 現実をみろ! 君が見て聞いたこと全ては、君がそうあってほしいという歪んだ願いから生まれた幻想なんだよ!」

 もはや平行線。決して二人の意見は交わることなく、永遠に伸び続ける。妥協のない口論。果てのなき境界線。

「俺のエイトとの記憶が幻想だって、そう言ったんですか!」

「まぎれもない事実だろう! 夢をみるのは夜だけでいい。朝なんだから目を覚ませ!」

 ハリスは思わず手を上げそうになるも、いつの間にか近寄っていたリチャーズに手を止められる。強い力でがっちりと固定されている。

「ハリス、仲間内での暴力は禁止。定めたのはお前だそ。忘れたか?」

「離せッ! もうその男は改造少女にゾッコンなんだよ。そんな危険分子は、もう仲間なんかじゃない! 仲間だなんて汚らわしい! 作戦に支障をきたす障害物だろ!」

「落ち着け!」

 ハリスの耳元で、リチャーズはハリスの鼓膜を引き裂かんばかりの大声で叫んだ。

 咆哮に近い制止の声を聞いたハリスはよろめき、息切れ。怒鳴っていたために、体力を使ってしまったのだ。

「……ハリス、どこか別の部屋で休め。水でも飲んで、頭を冷やすんだ」

「……わかった。ありがとう、そうさせてもらうよ」

「おいッ……ハリスさんちょっと待って!」

 ハリスは足をふらつかせながら、立ち去ろうとする。そのハリスの腕を掴もうとするオルトン。しかしリチャーズに阻まれる。

「どいてくださいよッ。まだ言い足りないことと、絶対に撤回してもらいたいことがあるんです。話はまだ半分なんです」

「オルトン、しばらく外で待機だ。見張りでもパトロールでも何でもいい。とにかく、この教会の中に入ってくるのは遠慮しろ……いや、もう遠慮ではないな。入るな。俺が許可するまで、外にいろ」

「そんなッ! 俺はハリスさんに話があるって言っているでしょう! それが終わればいくらでも外にいます! 暑かろうと寒かろうと、話を聞いてくれさえすれば!」

「……いい加減に、ハリスのことを考えろ」

 無表情で、振りかぶりもなく、いきなり拳を突きだされて、オルトンは気絶する。

 顎にクリーンヒットし、脳が揺さぶられた。

 周りのメンバーは先ほどまでの一部始終を見届けている。誰も止めに入らなかったのは、ただ単純な理由で、ハリスが今までになく怖かったからだ。

 リチャーズだけが介入できたのは、ハリスのことが心配になったから。それだけだ。

「よっ……」

 リチャーズはオルトンを担いで、教会の外へ歩く。

 そして玄関からオルトンを放り棄てた。まるでもう使わない物を捨てるかのように、冷徹に捨てた。

「……聞こえているのなら、聞け。仲間になりたかったら、ハリスに謝ればいい。改造少女に人間性なんて存在しないと、そう言えばいい。それだけでハリスは許してくれる。優しい奴だからな」

 そう言い残して、リチャーズは室内へと戻っていく。ハリスとオルトン抜きでの作戦会議をするためだ。ハリスのために、多少は議論をしていてもいいだろう。

 リチャーズはそう思い、皆を集めて議論を再開した。


 23、

「ずいぶんと寝相が悪いのか、それとも追い出されただけなのか、寝ぼけてるにしても、もう少しイイ寝床があると思うよ。何なら紹介しよっか?」

 オルトンが目を開けて最初に飛び込んできたのは、白い短髪。それですぐにエイトだってわかった。

「ここは……玄関か」

「作戦会議に行ってくるって、意気揚々としてここから入ったんでしょ? どーして追い出されてんのさ。楽しい理由なら聞かしてちょ」

「個人的に、まるで楽しくないから話さんよ……」

 オルトンは起き上がり、エイトの姿を視界に入れる。他人の不幸をせせら笑っているエイトがそこにいただけだった。

「はぁ……お前ってさ、他人のことを可哀想だなとか、思わないのか?」

「今更そんな疑問を持たれるとはねぇ。答えてあげるけれど、まるで全くさっぱりだね。むしろ人の不幸は自分の幸せさ」

 人の不幸は蜜の味。それがエイトにとっては、天使のもたらした滴に匹敵するのだろう。

「まぁそんなことよりさ、オルトン君。ちょっと来てほしいところがあるのよん。デートしようぜぇ」

「改造少女とデートだぁ? 人類史上初の試みかもしれないな」

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