敵対じゃない、でもそうとも言える悲しみ
22、
アンチ・クランのメンバー全員、自分たちこそが正義であると信じている。例え民衆に煙たがられていようとも、ワン・モアの悪逆非道を許すわけにはいかないと誓っている。
だから、ワン・モアは悪。石打ちという刑罰を民衆に強要し、圧倒的な武力と人数によって街を支配する巨悪。
倒さねばならないと思い立った人間たちの集まりこそが、アンチ・クラン。
「とりあえず、作戦決行は早朝。太陽が昇る前。まだ暗い時間に本部を叩く。少数精鋭で潜入してボスのモナクをぶっ殺す。これでいいか? ハリス」
リチャーズが要約したのは、1時間ほどメンバー全員で話し合ったワン・モア壊滅作戦の内容だ。結局のところ、単純明快にシンプルな暗殺に落ち着いた。
「あぁ、これで決まりだ。まともに正面衝突しても勝ち目はないから、頭を一気にとって勝負をつけないとだし」
時間を夜更けにしたのは、民衆が寝静まっているからという理由がある。ワン・モアは民衆を支配しており、組織の危機に民衆を利用しにくいようにするためだ。
少数精鋭である理由は、潜入に大人数はいらないからという理由だけでなく、エイトがもたらす味方への被害を極力抑えるようにするためだ。
所詮エイトは敵の敵に過ぎず、油断をすればこちらも殺されてしまう。だから組織を総動員でいくわけにいかないのだ。
「……もうちょっと煮詰めていく必要はあるけど、大筋は決まった。少し休んでから、詳細を決めていこう。決行する時の事をね。精鋭のメンツとか」
ハリスの言葉に皆が頷く。
人間の集中力は1時間ほどしか続かない。休息を入れねば、もうまともに話し合いは続かないだろう。確実にグダグダになるのが、皆わかっているのだ。
「……ハリスさん、ちょっといいですか?」
教会跡だから、座る座席はたくさんある。ハリスは一番手前の席で休んでいた。そんなところに、わざわざ話しかけてきたのが一人。
オルトン・ロドックス。途中から話し合いに参加してきたから、理解していないところでもあるのだろうと、ハリスは思っていた。
しかし、違った。
「俺を、作戦決行の時の精鋭メンバーに加えてほしいんです」
「……それはまだ決めてないことだし、話し合いすらしてない」
ハリスは精鋭のメンバーについて、適当に目星をつけていた。誰かから推薦があれば、それも考慮しようと考えていた。メンバー全員の意見を聴き、よく話し合いをして、吟味して、最高のメンツを決めようとしていた。
ただし、純粋に戦う力が充分であるとハリスが判断した場合にのみ、考慮するのだ。
オルトンは、ハリスが知っている限り、そこまで戦闘経験が豊富なわけでもなく、これといった実績もない。ただ、優しさだけは十二分にあると評していた。
優しさは普段の生活においては重要視されるが、今回は別。優しさなど甘さでしかない。
オルトンを精鋭のメンバーに加えるつもりは、少なくともハリスにはない。
「話し合いで、俺の名前が挙がるわけがないってわかってるんで、こうして直談判をしてるんですよ。どうせ誰からも推薦もされないから」
「……悲観的にならないの。君は強いさ」
「俺は強くなんかありませんよ。俺が弱いの知ってるくせに。直談判しに来てるってのに、こういうことアピールするのは逆効果ですけど、嘘はつきたくないんで」
オルトンの眼は真剣そのものであり、本気で精鋭のメンツに加わりたいと思っていることが、身体からにじみ出ていた。
「……まぁ、いいや。じゃあ聞くけれど、なんで、精鋭に加わりたいの? 精鋭でなくとも、重要な仕事はあるって、説明したと思うんだけど」
「……エイトに必要以上の殺しをさせないようにするためです」
ワン・モア壊滅において、エイトの戦闘能力を頼りにするしかない。人殺しの兵器の力を借りて、ワン・モアを壊滅させる。それが今回の作戦の大筋。
それを否定するかのような発言。ハリスは耳を疑いかけた。
「……オルトン、君は何を言ってるのか理解してるの? もしかして、酔ってたりする?」
「素面です。俺はマジにエイトに、余計な殺しをさせたくなんかないと思ってます」
ハリスも余計な人死には御免被りたかった。しかしエイトを繋ぎ止めておく為に、作戦に利用するために人殺しを許容し、殺しをエイトに頼んだ。
ハリスは殺しを受け入れる覚悟をした。本当はしたくないことでも、我慢したのだ。
それを丸々馬鹿にされたような気がして、ハリスは怒りを心に秘めた。
「……オルトン。悪いけど、君を精鋭のメンバーには加えられない。殺しを嫌がる君は、正直いても無意味どころか足手まといになる」
未来の事など誰にも分らないと言うが、これだけは二人とも予知できた。ハリスの言う事は間違いない。正論である。確実な未来を語った。
「……ならないように頑張ります。今からでもみんなに頼んで鍛えてもらいます」
食い下がるようにハリスと対するオルトン。しかしハリスはまるで相手にするのが面倒になったかのように、感情の籠っていない声で言い放った。
「今からみんなで精鋭を決めて、それから作戦のための準備で忙しくなる。ピリピリしてくるだろうね。そんな時、他人の修行なんかに付き合ってられると思ってるの?」
作戦前。組織に関わる、組織の信念を決行するための作戦。
その前の日々を、浮かれて過ごすような者はアンチ・クランにはいない。全員、精神を集中して準備にかかり、精鋭のメンバーに選ばれた者達は己を追い詰めて、さらなるレベルアップを望むだろう。身体を鍛え、温めるのだろう。
オルトンが入り込み、鍛えなおして欲しいという願いなど、そんなスカスカに余地のある者はいない。
「……もしも、鍛えなおしてくれるって言うのがいたとしても、君の実力では地力がなさすぎて、短期間鍛えたとしても、大した強さになんかならない。長期間休まず特訓すれば別だけど、そんな時間はない。大した強さにもならないのに、それですら付け焼刃なんて。考えてみてよ。君だって大事な作戦に入れたくないだろう?」
全く持ってその通り。オルトンは反論できなかった。正論は、反論する余地がないから正論なのだ。
「……厳しいことを言ってゴメン。言い過ぎたかもしれない。でも、わかってくれ。この作戦はアンチ・クランの本願で、エイトがいる今が最大のチャンスなんだ。だから、失敗するような因子は絶っておきたい」
ハリスの言葉がオルトンの耳に入る。オルトンも認めている、わかっているから考えることすらしなかった。ハリスの言葉は、オルトンの深層心理でもあったのだ。
役に立たない。いるのがもう邪魔。そういう存在になるのは自覚している。
オルトンは口を開こうとするが、何も言葉にできなかった。頭で考えたこと全てが、ハリスには届かない、もしくはハリスの言ったことそのままになってしまいそうだから。
口を開けば、身の程知らずでごめんなさい。そう言ってしまいそうで、口を開けない。
「……オルトン、君は裏方を頑張ってほしい。何も戦いだけが華じゃないんだから、精鋭のメンバーのサポートをやってほしい」
オルトンは何も答えない。はい、と答えれば終わりの会話。
もうハリスも会話は終わりだろうと思っている。オルトンから視線を外す。
「俺はッ……エイトを放っておけないんです」
感情が声になって口から吐き出された。
ハリスはオルトンに視線を戻す。オルトンは依然として、真剣な表情を崩していなかった。諦めていないようだった。
「……オルトン。エイトの殺人の技術は今回の作戦の要。なくてはならない存在なんだ。それを揺るがすような君は、いったい何なんだい?」
「エイトは……みんなが思っているほど、人間性を失っていないんですよ。怪物なのは間違いないですけど、それでも少女なんです。俺たちと、同じなんです」
「馬鹿に、してるのかッ……!」
オルトンの吐いた言葉。ハリスの脳が理解を拒絶する。決して受領できないものの見方に、ハリスの脳は明確に反応する。
「改造少女が人間性を持っているなんて、冗談でも私の前で言わないで。今のは特例で見逃してあげる。だから、もう二度とそのセリフを口にしないで。そんでしばらく黙って」
「ハリスさん、俺は……」
「もしかしてだけど、頼んでいると思ってんの? 勘違いも甚だしい。命令だって気が付いてよ」
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