救援要請は誰かに届くか?

9、

「……エイト」

 女性の声。

 油断していた。人通りの少ない場所だから、戦闘が終わってホッとしていた。

「君は、ハリス・カナエラ……だな。もしかして、本当に仲間なのか?」

 ワン・モアの得ている情報にアンチ・クランに改造少女が所属しているという情報は今のところない。ギオーナ個人の推理だ。

「……仲間っていうか」

 倒れ伏しているエイトに怪我は見当たらない。もう治ってしまっているから、していたのかもわからない。

「答えにならないけど、連れて帰らせてもらう。一応探し回ったしね」

 エイトが何か問題を起こす可能性を鑑みて、一人きりにしておくのは危険とエイトが出かけてから思った。ハリス自身、気が付くのが遅かったと反省している。

「探し回った……ならアンチ・クランなのか」

「協力してるだけ。仲間でも友達でもない。ぶっちゃけ助ける義理なんてまだない」

「……どういうことだ?」

「ソレには個人的に興味がある、それが助ける理由だ」

 ハリスの着ている服は動きやすさ重視の軽装。オレンジのつなぎ服を着崩している。そしてお気に入りのシューズ。ハリスにとっては動きやすいのだ。

 動きやすさはこの局面においてとても重要。

 ハリスはエイトを見張るギオーナに向かって走り出す。

 しかしギオーナはエイトとの戦闘を終えたばかり。エイトに比べればハリスのスピードなど簡単に見切れる。発射された弾丸にハエは追いつけない。

「ふぅむ……」

 右手人差し指がバッキリ折れているこの状態。アンチ・クランのボスを相手取るのはどうなのか考える。

 ハリス・カナエラの素性はワン・モアが全力で調べ上げたが、不明だった。

 体術に優れた者なら、危ういかもしれない。

 最初の一撃で、ハリスの経験を見極めることにした。

「はぁ!」

 右手を振り上げて、ぶん殴る。所謂テレフォンパンチ。ハリスの動きは実に単純だった。

 しかし、単純な動きは見切られる。特にギオーナのような手練れの戦士には容易く。

「素人……か」

 殴りかかってくる右手を掴み、その勢いを殺さずに、受け流すように投げ飛ばす。

「デッ!?」

「アンチ・クランのボス……ついでには上質な獲物だ。捕縛させてもらうぞ」

 地面に転がされ、曇った空を仰ぎ見ている暇はない。ハリスはぴょんと起きて、戦闘態勢に入る。

 しかしギオーナにはとても構えには見えなかった。隙だらけにもいいところな、路地裏に溜まっている馬鹿の喧嘩術だ。なっていない。

 ギオーナは一瞬でハリスに詰め寄り、腹に一撃を喰らわせる。

 一気に空気を吐き出したハリスは、気が飛びそうになる。

「終わりだ」

「油断したな」

 ハリスはギオーナの右腕をがっちりと掴む。万力のような力を込めて、がっちりと固定する。

「何……ッ!?」

「実は戦いをちょっぴり見させてもらってた。この右腕、痛むんでしょ?」

 ギオーナの右腕は全く本調子ではない。エイトに握りつぶされかけた時から筋肉の調子が良くならない。

「手をどけてもらう!」

 左腕で、ハリスの顔面を打つ。拳がハリスの顔にめり込む。

 しかしハリスはまるで力を抜きやしない。むしろ力が強くなる。

「痛い……けど我慢できる痛みだ。これくらい痛くもかゆくもッ」

 二コリと笑う。その表情、エイトを思い出させる不気味な笑い。

「私だって、鍛えてるんだよ。精神も身体も、鍛えられる部位は全部」

 ギオーナの右腕の骨にヒビがはいる。

「くッ……まさか!?」

「まだまだ序の口だけど、身体の調子が万全じゃなさそうなアンタなら、勝機はある」

 戦前なら、大学生ライフを満喫していたであろう。それほどまでに若々しく、女性的であった。しかし戦時中に身に起きた事件によって、身体を鍛えることにした。

 だから、普通の人間よりかはいくらか強い。

「この腕はもらう」

 一気に力を込める。全身全霊、握るのにだけ使う。

 骨が折れる感触。

「グォ……チィ」

 ギオーナは右腕を庇いながら、後ろに下がる。さすがにやせ我慢できない痛みだ。

「退くしかないな」

「そうしてもらえると助かる。こっちもアンタとやりあうのは、エイトがいないとね」

「謙遜するなよ、怪物どもめ」

 そう言い残してギオーナは走り去っていく。追撃はしない。どうせ帰る場所も一つしかない奴だから。


 10、

「エイト……エイト、起きて」

 倒れているエイトを抱き上げて、頬をペチペチと叩く。

 そして数秒後にエイトは目覚めた。

「……ハリス?」

「……テンションはどう?」

「……あまり、上がってないね。むしろちょっとダウンな感じ」

 今まで倒れていたとは思えないほどの身軽さでエイトは自立する。ハリスの肩も借りずにスッと立って見せた。

「さすが、改造少女。回復力はずば抜けてんのね」

「あれ? 教えたっけ?」

「いや、さっき確信を持った。あのマッチョマンとの戦いを見させてもらってね」

「マッチョマン……? あぁ、アイツか。そうだ、ぶちのめされて……気絶したのか」

 気分が悪そうにもしていない。先ほどまで気絶していたと考えられないくらい頭も口も回る。

「確信を持ったって言い方だと、最初から疑ってたわけ?」

「そう。私自身、改造少女に興味があってね。その白い髪と白い左眼で、もしかしてって思ったの」

 すでに髪は薄汚れている。だが元は雪のように真っ白な髪。ハリスにはない身体的特徴を、エイトはいくつか持っているのだ。

「いったんアジトに帰りましょう。つけられないように」

「いいよ、なんか疲れた」

 あれだけの事があって疲れたの一言で済ます、呑気でマイペースなエイトに、ハリスは少しだけ笑ってしまった。

 そして、あぁ……やはり改造少女か。と、そう思った。

 首にかけていたホイッスルを吹いて、仲間を呼んだ。

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