決行前、陰鬱との勝負

 29、

 夜が明けて、再びアンチ・クランのメンバーは教会跡に集合していた。夜通しで、ハリスが探し回った。ハリスが知る限り、ワン・モアに捕まった者はいない。

 集合しているメンバーの中に、オルトンだけがいなかった。あの時別れてから、会っていない。行方を知らないのだ。

「……みんな、集まってくれてることを嬉しく思う」

 エイトは1人、祭壇だった場所に立つ。他の者がよく見える位置にいる。

「ワン・モアがここを探しに来た。だから逃げた。昨日で最後。善は急げだ」

 一言一言を強調して、言い聞かせるように話す。

「今晩、作戦を決行する。異議は認めない。正義を信じる君たちなら、異議なんてないはずだと信じている」

 しばらくの静寂。10秒ほど経ったところで、再びハリスは話し始める。

「ありがとう。じゃあ、決まりだ。今晩、ワン・モアを潰す。徹底的にやる。皆で力を合わせて、民衆を虐げていた悪鬼たちを払おう!」

 ハリスは右腕を高らかに掲げる。続いて、メンバー全員が雄たけびを上げて右腕を掲げる。一致団結の証だ。

 そして皆、散り散りになって今夜のための準備を始める。今日で決着。必ず勝利しなければならない時。負ければ、もう二度目はない。延々と、ワン・モアに支配され続ける。

 それはここにいる誰もが嫌で、御免被りたいことなのだ。だから全員が黙々と準備を進める。

 ワン・モアの拠点に潜入する精鋭メンバーは武器を入念にチェックし、それ以外の者達はサポートのために様々な雑用を請け負ったり、武器のチェックを手伝ったりしている。

 皆それぞれやる事がある。できる事がある。やらねばならぬことがある。

 この空気は、類を見ないほどに心地よい。そうハリスは感じていた。皆で協力して何かを成し遂げようとする、その心意気がビンビンと肌に染み込んできて良い。

 これが人間。まとめあげるのが、怪物である自分であることが心苦しくはあるが、他の者は自分を信頼してくれていたから、やるしかなかった。

 皆を先導するのは、今夜で終わり。そう確信していた。あとは人間である皆に任せて、怪物である自分は消えてしまってもいいと考えている。

「ハリス、ちょっといいか?」

 ハリスも精鋭の一人。座って真剣に武器のチェックをしているところに、リチャーズが話しかけてくる。彼も精鋭の一人だ。

「どうしたの? チェックは済んだ?」

「少し、外でいいか? ここでは話しにくい」

 ちょいちょいと、指で外への扉を指し示すリチャーズに従い、ハリスは移動した。

「話って何?」

「ハリス、お前……何かあったのか?」

 リチャーズは真剣な表情をしていた。緊張感のある顔。それもそうだろう、今日は決戦の日なのだ。

「何って……別に何もありはしないよ。それだけなら私はまだやる事があるから、もういい?」

「よくはない。お前、なんでそんなに悲しそうな顔をしているんだ?」

 リチャーズが何を言っているのか、ハリスはわからない。悲しそうな顔をしていたつもりが全くない。むしろ、これまでにないくらいに喜んでいたつもりだったから。

「悲しそうなって……嫌だなぁ。なんで決戦の日にそんな顔をしなくちゃいけないの。今日はワン・モアを叩き潰す日になってるんだから」

「悪いが、どう見ても俺にはお前が、泣きそうになっているようにしかみえない」

「涙は流していないじゃん。流す理由も何もないんだけど?」

「あるはずだ。今のハリスはどうしても見るに堪えない。エイトを勧誘した時だって泣きそうだったが、今はそれ以上だ……。何か、嫌なことでもあったのか?」

 普段は余計な詮索をしないのがリチャーズという男だ。礼儀をわきまえているはずの男が、ハリスの心に深入りしようとするのは、初めてに近い。決戦の前だから、不安なことは取り除いておきたいのかもしれない。

「どうしても話をしたくないなら、話さなくてもいい。俺が悪かったと謝ろう。しかし俺としては、話してほしいと思っている。こういう雑念は戦いには余計だからだ」

「……リチャーズは、察しが良いね。敵わないな……」

 もうだいぶ付き合いは長い。だからわかることなのだろう。些細なことでも見破られてしまうのだ。

「人を……殺しちゃったんだ。私達に息子を殺されたって言う女の人が、襲ってきて……やめさせようと思ったんだけど、本気になっちゃって、止められなかった」

 それはハリスにとって最大の嫌なこと。怪物と自分を認めても、やはり殺しは嫌なのだ。

「……そうか。だが、何故お前ほどの強さの者が、本気になったんだ? 話を聞く限りは、一般人そのものだったようだが」

「私を怪物に戻したんだ、エイトが。キル・ワードを使って、本気にさせた。どうしようもなかったから」

「それなら、エイトが全面的に悪いだろう。そういえばエイトはどこにいる?」

 教会に集合した時にはいた。しかし、直後にいなくなった。今どこにいるのかわからない。

「エイトなら……オルトンのところじゃないかな。探しに行ってるんだと思う。作戦の時には戻ってくるように言っておいたから、大丈夫」

「まったくもって大丈夫なんかじゃないだろう。あの改造少女のせいで、ハリスがッ……!」

 激情に乗っ取られかけていることに気が付き、リチャーズは冷静に言葉を考える。あのまま感情のままに声をだしていれば、失言は確実だっただろう。

「ハリスが、怪物として目覚めてしまった……とか言いそうだったね。大丈夫、何も悪いことなんかじゃない。私はもう人間じゃないって、自覚しちゃったから」

「そんな……お前は人間だ。たとえ改造少女の粗悪品だったとしても、お前は人間として生きているじゃないか。こうやって組織のみんなをまとめて、民衆のために戦っているじゃないか。お前は人間だ。怪物じゃない」

「……オルトンもそう言ってくれた。嬉しかった。すごくすごく、心が痛くもなったけど」

 心。ハリスはまだその言葉に未練があった。人間のみに許される言葉、それが心。怪物である自分が使うのには申し訳ないが、まだ使っていたかったのだ。

「でも、もう私は改造少女の粗悪品、出来損ないだけどまぎれもなく怪物。今は人間のフリをしてるだけ。人を気取ってるんだよ。怪物のくせにって思う?」

 リチャーズは何も言わない。何も言えない。かけるべき言葉が見つからない。

「人を気取るのは、今日が最後。みんなを導いて、ワン・モアを潰すことだけはやらなきゃいけないことだから。決戦が終わったら、気取るのは終わり。怪物らしく消えようって、そう考えてる」

 怪物だからって、認めたからって投げ出しはしない。怪物らしく動くのは後。人間だった頃に進めたことは引き継ぐ。やらないと後悔するから。

「……俺は」

 ハリスの気持ちは、全て受け止めたつもりだ。今度はリチャーズの番。気持ちを余すことなくすべて伝えて、すっきりとして決戦に臨むのだ。

「俺は、ハリスが怪物だなんて思ってない。お前は自分を怪物だって思ってるんだろうけど、俺はお前は人間だって思い続ける。人を殺して、怪物だって言うのなら、俺のほうが先輩だ。よっぽどの怪物だ。それに比べれば、お前はずっと人間らしい。そう信じてる」

 リチャーズの優しい言葉。語り。ハリスは涙を自覚する。泣いているのに気が付いた。泣きそうになっていたのは本当だったのだ。

「お前は人間として、優しいハリスとして、覚悟を決めたんだろう? 苦痛はもう充分に受けてしまったようだけど、もう少しだけ我慢すればいい。我慢は辛いけど、終われば幸せになれる。ワン・モアを潰すのが終わったら、みんなでパーッとパーティでも開こう。だから、消えるとか言うな。寂しいだろう」

 リチャーズの笑顔が、ハリスの涙腺を刺激する。涙が溢れて止まらない。

 リチャーズはもう何も言わずに、中へと戻っていく。準備の再開。

「……もう、ダメかも」

 涙はあふれた。涙腺を刺激されて、大泣きしている。

 それでも、響かなかった。心がまだあるのなら、心は微動だにしなかった。これはもうないも同じだ。

 すべてを否定していた。リチャーズの言葉すべてを、ハリスは駄目だと否定していた。拒絶と言ってもいいほどに、リチャーズの言葉を受け入れられなかった。

 怪物。そんな存在であると認めてしまっている。人間なんかじゃない、人間風の怪物。

 人間として生きているとまだ偽っていれば、今のリチャーズの言葉に奮起するのだろう。

 しかし今は、怪物として人間を演じているに過ぎない。だから今のリチャーズの言葉でも、全く奮起できない。

 あぁそうなんだ、と所詮は他人の意見と切り捨ててしまいそうになる。それは、あの優しさに牙をむくのと同じこと。

 自分が嫌になる。これが怪物としての自分の思考。醜いにもほどがある。人の善性を馬鹿にしているに等しいほど無関心。

 怪物だって自分を諦めて認めることが、ここまで辛いことなら、認めたくはなかった。あの時にこの結果を知っていたのなら、あれだけエイトが言って来ても、オルトンに救ってもらっていただろう。人間としてこれからもがんばる。そう意気込んだだろう。

「私は、正義のために戦っている……」

 民衆をワン・モアの魔の手から救い出す。それがアンチ・クランの願い。ハリス個人の願いでもある。揺らぐことなどあってはならない。

「私が怪物でも、悪の存在だとしても、リチャーズやみんなが正義だから……トントンかな? 使い潰す悪に、私が追加されただけ。後は何も変わってない」

 言い聞かせる。目的自体は変わっていないと言い聞かせる。

 ただ目的を達成する手段。それが変わっていることに、ハリスは失念していた。

 きっとハリスも、エイトと同じように殺しを行うだろう。無惨に、残酷に人を殺してまわるだろう。エイトがいるから、我慢しようにもできない。

「目的のためだけに、生きてるだけ。終わったら、私共々悪を消して終わり。それで平和が訪れてくる。まだ頑張れる」

 悪を潰す。潰すべき悪は、ワン・モアの頭領モナクとその構成員。ハリス自身。そしてエイト。

 ワン・モアのモナクは当たり前。構成員は今となっては潰すのにためらいが持てそうにないから追加した。自分自身は今急きょ追加した。

 しかし、エイトは約束した時から潰すべき悪としていた。

 約束など、人間の時から守るつもりはなかった。エイトは使い潰す。言葉通りに。

 ハリスの怪物としての性。人間の頃から、片鱗があったのかもしれない

 完全なる怪物に変貌するのも、そう時間はかからないのかもしれない。エイトのように、戦いだけを楽しみに生き続けるようなことになってしまうのかもしれない。

 それでもいいかな、と思っている自分が恐ろしく、嫌いで嫌いで、どうしても好きになれない。今でもエイトは嫌いで、改造少女なんて滅べばいいと思っているはずなのに、どうしても生き方がそうなってしまいそうで、生き続けてしまいそうで。

 ハリスはもう訳が分からなくなりそうだったから、武器の手入れに専念することにした。

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