贈ってはならない、戻れない
血液で染まった地面ばかり見ていたので、ハリスは何となく空を見上げる。星がチカチカと輝いている。いつもなら綺麗と思う星、しかし今は全く無感想。何かが、ハリスの中で変わったのだ。
「私は、改造少女の欠陥品。カテゴリーすら分けられてないポンコツ。ロスにも影響はないって判断されるくらいに、駄目駄目だったはずなのに」
「ハリスぅ、これで分かったかな? どんなに嫌悪していても、ハリスが改造少女には違いない。嫌って、悪だって決めつけて、怪物だって罵って。それで自分は違う、人間の真似をして逃げていても、事実は決して変わらないよ。研究所にいたんだから、絶対にそうだから」
唐突にエイトが喋り出し、オルトンは止めるのを忘れる。止める準備はしていたが、止めるべき内容なのかわからなかったから、止めなかった。
「ハリスさんや、怪物であることから逃げ出してた時はさぞ気分がよろしかったでしょうなぁ? 今はどうだね、気分は悪いかな? 怪物であることを御認めざるを得ないこの状況ッ、さぞ息苦しいと思うんですけれどねぇ!」
「もういい加減にしろエイト!」
精神を追い詰める。ハリスは空を仰ぎ見たまま、微動だにせず。ただ聴いているのか、真剣に受け止めているのか、それすらも態度に示さない。
「いやいやオルトン君、ここで黙るのはちょっとないかな。これがエイトって改造少女らしさなんだよねぇ。ハリスもさぁ、ハリスって改造少女らしさを見せていくスタートラインに立ったんじゃない? ホラ、もう一般人を殺してるわけだから、正義なんて語れる場所にはもういないでしょう? 怪物だって認めれば、緩く生きられる」
「あぁ……エイト、そうなのかもね」
呻くように言葉を紡ぐハリス。視線はまだ空を見ている。
「怪物は、怪物らしくあったほうがいい……のかな」
「そんなことありません! 目を覚まして!」
ハリスの心が別のルートへと傾きかけている。それを瞬時に察し、オルトンは戻そうとする。決して選んではいけないルートだと確信があったから。
「ハリスさんは人間らしくあってなきゃダメなんですよ! アンチ・クランのリーダーとして、人々を苦しみから救うリーダーは人でなければいけないんです。人殺しの怪物が人々を救ったなんて、そんな話は聴いた覚えがない!」
「それはただ、オルトンが無知なだけじゃない……? 英雄は皆、少なからず何かの命を絶ち切って前に進むはずなんだから、私もこの人の命を切った。進むことができる」
「だとしても、進む方向を誤っちゃいけない! この人のためにも、あなたはワン・モアを人間として潰さないと、みんなが幸せになれないでしょう!」
「それはするよ。ワン・モアは潰す。潰すって決めた時に、弱き人は殺さないって決めたのに……殺さないって決めたのに、簡単なことだったのに。達成できないのはもう人間としてどうなんだって思うでしょ。怪物だから出来なかったんだよ」
「だから、どうだってんですか!」
「自分に誓ったことを守れなかった。だからもう私は怪物だ。ワン・モアを潰すだけに生きる、怪物なんだよ」
ハリスは空を見るのをやめる。そしてゆっくりと立ち上がる。ただまっすぐ前を向いて、足元や地面すら見ることなく立ち上がる。
その時の悲しそうなハリスの表情は、オルトンの胸に刻まれた。
エイトには人の心などない、そう言っていた。それは今だに事実だと信じている。
何故なら、自分にも人の心なんてありはしなかったから。改造少女としての本能に逆らえなかったのは、そういうことなんだってハリスは思ったのだ。
人間の心があったなら、あんな言葉ひとつで、残虐になるはずはないのだから。
「オルトン、すまなかったね。今までエイトの事について批判ばかりして。本当にごめん」
「……謝っちゃダメですよ。そんなの、いけませんよ!」
「人間として決めていたことは忘れない。だから決めていたことは、怪物なりに出来るだけ実行する。ワン・モアは、どんな犠牲を払ってでも必ず潰す。それだけは安心して」
笑顔を作り、ハリスはオルトンのほうを向いてみせる。今までの笑顔とは何かが決定的に違う、何かが奥に潜んでいるような雰囲気の笑顔。
「君には酷いことばかり口走ったけど、戻ってくれるなら先に教会に戻ってくれ。水に流すってわけじゃないけど、事が終わったら絶対に謝罪するから」
ハリスはそう言って、歩きだした。オルトンとエイトのいる方向を、振り向かないという決意が背中から感じられる。ついていくなんて、オルトンにはできそうになかった。
道順は覚えている。教会に戻ることに苦労はしない。戻りにくいってこともなくなった。わだかまりは消されたからだ。
オルトンはその場に崩れ落ちるように座ってしまう。脚に力が入らない。
誰かが間違った道へと歩いてくのを止められなかった。これで、これからの戦いでの犠牲者が増えてしまう。その原因は止められなかった自分にある。そう思ってしまう。
「いやぁ、愉快だったね。最高に面白いことになってくれそうで、ホッとしてるんだよね」
「うるさい」
「改造少女の本能は決して抗うことは出来ない。だから、ああいう人間気取りを煽るのには丁度いいんだよぉ。改造少女ってのは本質的に極端な思考だから、ああ言えばもう勝手気ままに暴走してくれる」
「お前は、いったい何なんだよ……!」
「エイト。改造少女のエイトだよん。怪物って呼ばれたりしてたね。君は人間として接しようとしてくれていたけれど、それは間違った接し方だよ。徹底的に人間とは思っちゃいけないんだから、人間として見ちゃダメダメ。こちらとしてもむず痒い」
「……少しも、人間性なんて残っちゃいないって言うのか……ッ!」
「怪物だって言ってるじゃん。人間性なんてそんなのは、戦場には不要だから、そもそも脳の中に入ってない。徹底的に戦闘が好きで、人殺しに興奮して、戦いができれば喜んで狂い悶える。それが改造少女」
圧倒的なる真実。決して抗うことの出来ない、否定すら許されない事実。
エイトの口から発せられた言葉は、オルトンの心を激しく弄ってくる。優しい心を、ひたすらに。
屈服させるのが目的ではない。泣かせることも考えていない。
ただ何らかの苦痛を与えるだけが、エイトの目的だった。楽しいから。
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