なりたくなかったけど、どうしようもなかった
15、
両親の顔はよく覚えている。父はダンディな顔立ちの、戦争なんて似合わないジェントルマンな男だった。母も夫に憧れて結婚したらしいので、レディのような立ち振る舞いを心がけていた。
ハリスも母の真似事ばかりしていた。母のような美しい女性になりたいと思っていた。そして父のような紳士的な男性と巡り合うのを楽しみにしていた。
しかし、戦争は無慈悲だった。
空爆により、家族で避難している途中で爆発に巻き込まれた。一緒に逃げていた顔見知りのご近所さん方も一緒に。
ハリスだけが奇跡的に助かった。父と母の身体が衝撃から守ってくれたのだ。
ハリスだけ。ハリスだけだ。他は爆発で死んでしまっていた。
その時の光景は今でも夢に見る。トラウマになってしまっている。あれほど量の人の死体を、今後みることはないだろうと思っている。そう思いたい。
両親に起きてとせがんでも、揺れるだけで本人たちはピクリとも動かない。焼けただれた皮膚がずり落ちるから、ハリスは必死に両親の身体を繋ぎ止めようとしていた。
そして手足がいくつかかけていることに気が付いたから、探しに行くことにした。
人としての形を失う光景は、見たくなかったのだ。
歩けど歩けど、人の焼死体と焼けた石材や木材。歩けば必ず奇妙な物を踏む。
ぶちゅりとした感覚はきっと人だったであろう物体。血をどろりと身体から放出しているその様をみて、ハリスはショックを受ける。
もはや皮膚ではなく、ただの焼けた紙。ボロボロで、少しの衝撃でも血が流れだす死体。踏み荒らそうものなら血の海になるだろう。
そんな子供にはキツイ場所でも、ハリスは両親のパーツを探し求めて歩いた。
人を踏んでしまうたびに謝り、建材を踏んで壊してしまうたびに転びかける。
住んでいた家までたどり着いてしまった。ただただ漠然と探し回っていたら、この場所に来ていた。家には何でもある。食事も玩具も家族も。ハリスが求めていたものはなんでもあった。だからここに来てしまった。焼け崩れた我が家にまで歩いて着てしまった。
何もないのはわかっていたことなのに。なにもかもが消えてしまっていたということは、何となく察していたのに。
受け入れられるかどうかは全く別で、わかっていても悔しくて涙が止まらなかった。眼球がカラカラになるまで泣き、喉を潰すほど喚いた。
突きつけられた真実は子供には重すぎる。これからの人生で背負っていくには、ハンデとしても成り立たないほどに。
すべてが壊れ、すべてが無くなった。お気に入りだった部屋、おもちゃ。テーブルに並べられる暖かい母の味はもう彼方へと。イスに座っての家族団らんはもうできない。
壊れた家を探しても、消えた手足は見つからない。見つかったとしても、誰の手足だかわからないだろう。
泣きながら戻る道中で、意識を失った。疲れたからといって眠ったわけではない。誰かに強制的に意識を飛ばされたのだ。
そして気が付けば手術台の上。
目だけが開く。意識はある。他は全く動かせない。唇すらもピクリとも動かない。五感だけ機能していても、動けなければ何の意味もなさない。
「あの街の生存者はコイツだけか?」
誰かの声が聞こえてくる。確かめようがない。
父と母はどうなったのか、声の主に聞きたい。
「はい。適合年齢の生き残りはその一人だけです。身元は不明、おそらく家族は空爆で死んだのでしょう。泣きながら歩いてましたから」
事実。ハリスの記憶は泣きながら歩いていたところで止まっている。
「不死細胞の準備。改造少女初のサードステージになるかもしれんな……」
今の声は老人のような男性の声。そして先ほど報告のようなことをしていたのは若い男性の声だった。だが、真偽のほどは首が動かなくて確かめられない。
「……おや、おはよう。御目覚めのようだね。睡眠薬のほうが足りなかったか?」
「分量が難しくて。あまり多すぎると細胞の劣化に繋がるのでしょう?」
「あぁ、デリケートな細胞だから異物は無いほうがいい」
「ちゃんと決められた値は守りましたから、不純物はないです。先ほどの検査でも、有害な物は検出されませんでしたから」
喋れないハリスを放っておいて、二人の男は何かを準備しているようだった。
カチャカチャと金属音。そして機械の音が聞こえる。
「じゃ、始めるとするか。せいぜい拒絶反応が出ないように祈りながら」
「ご武運を」
またそこでハリスの意識が途切れる。何か注射された、そこまでは覚えている。
意識を失っている間に、両親との幸せな記憶の夢をみていた。
そして目を覚まし、涙を流していることに気が付く。
そしてすぐに身体中に痛みを感じる。病室であろう場所で暴れ回る。
身体が痛くて痛くてたまらなかった。脳天から足先まで引き裂かれるような痛み。手足が食いちぎられるような痛み。ノコギリで身体の全てをバラバラにされているかの如き激痛。この世の痛み全てが集中していると言っても過言ではないほどに、痛かった。
「アイツは適合しなかった。細胞が身体を拒絶している。改造少女としては不完全で、不良品だ」
「適合しなくても、実験材料にはなる。一応、かなり死ににくい生物になったはずだからな。色々、投薬でもなんでも受けさせるとしよう。モルモットだ」
そんな声が、痛みの中で聞こえてきた。
何故、こんな不幸に見舞われるのか、わからなかった。神に見捨てられているとしか思えなかった。人それぞれ地獄と感じる場所はある。エイトはこの場所こそが最悪の地獄だと感じていた。
痛みを和らげるような薬は一切なく、ただただ奇妙な薬品を投与され続け、観察され続けた。常人なら死ぬような実験にも、何度も参加させられた。
両親に会いたい。バラバラになった両親の身体を元に戻したかった。その気持ちが日に日に強くなっていく。が、叶えられないともわかっている。
生きる気力。活力。そういった力が消えていく。
何度も何度も死ぬような実験を受けて、死なない。自分が人でなくなったと、割と早い段階で気が付いていた。でも最初は、人だと思い込みたかった。
両親から生まれた、幸せな人間だった。両親は間違いなく、遺伝子上確実に人間だ。
そうだったはずなのに。両親に産んでくれてありがとうと、言う間もなく死に別れてしまった。そして人でなくなってしまった。
両親から授かったこの身体は人間とは違ってしまった。
そしてある日、突然思ってしまった。
人でない自分は何を目標に生きていけばいい?
答えが出ないまま、また実験に駆り出される。そして幾多の苦痛を受けて、硬いベッドで眠る。それの繰り返し。延々と繰り返し。
もう痛みに慣れてきたころには、自身の問いの答えなどでない。そう諦めモードにはいっていた。目標なんて持てないと、絶望してしまっていた。
戦争が終わりに近づいた頃。
誰かが施設をぶっ壊し始めた。遠くから聞こえてくる破壊音がだんだんと近寄ってくるのは、ひさしぶりの恐怖だった。
そして破壊された施設から抜け出して、瓦礫の山とかした施設の上に誰かが立っているのをハリスは見た。
真っ白い短い髪の少女。黒髪ツインテールの少女。空色が綺麗な長髪の少女。
時々聞いた、完成品の改造少女という存在。それがあの三人なのだと直感でわかった。
そして施設を破壊したのもあの三人だと、すぐにわかった。
白い髪の少女がゲラゲラと笑っている。楽しそうに、子供のように。やったことは邪気そのものなのに、とんでもなく無邪気な笑い声だった。
黒髪の少女があたりかまわず暴言を吐き散らしている。そして瓦礫を蹴り飛ばしまくっている。まるでヒステリックを起こしているかのよう。まさしく癇癪を起した子供だ。
空色の少女は、瓦礫の山から引っ張り出したのであろう、職員の死体を弄んでいた。腕を逆に曲げて見たり、頭を瓦礫でガンガンと叩いてみたり。終始無言で酷いことを繰り返していた。
ハリスは理解した。あれがホンモノの化け物であるという事を。自分が不良品であることを実感した。自分はあれほどではないと。なれないと。
自分も大概、精神が狂ってきたと思っていたが甘かった。上には上が、否、下には下がいたのだ。
そしていつか思った自身への問いの答えが、ようやくわかった。瓦礫の山の頂上に君臨している三人の改造少女をみて、わかった。
これ以上、怪物にならないように。人間らしく生きていけばいい。それが目標になりうる。これがハリスの出した答え。納得できる答えだ。
ハリスは瓦礫の山と化した施設から逃亡し、しばらく放浪していた。
戦争も終盤で、各地で戦いがあった。そして事あるごとに人助けをしていった。人間らしさを学ぶために、社会勉強のつもりで。
そして戦争は突如として終結し、各地の復興を手伝って回った後、ハリスはギヨナタウンへと流れついた。
そしてワン・モアに怒り、アンチ・クランを設立したのだった。
16、
過去の事を思い出すと、胸のあたりがむず痒くなってたまらない。
ハリスは気分が滅入りっぱなしというわけにはいかないと思い、部屋を出る。少し外にでて風に当たろうと思っていた。暗い何かを風に飛ばしてもらおうと思っていた。
「ハリス……考え事はもういいのか?」
「リチャーズ……」
リチャーズとはアンチ・クランを結成した時からの付き合い。組織でもだいぶ古株。
頭に血が上りやすいのを自覚しており、リーダーを決める際にハリスに頼んだという過去がある。自分がなる器ではないと、身の程をしっかりとわきまえようとしている男だ。
「ちょっと風に当たろうと思ってね……スッキリするかな?」
「付き合おう。悩み事なら聞く」
「ありがとう」
ハリスの、人間の友達。リチャーズは、友達。ハリスの中では、揺るがない。
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