大切なトモダチ

17、

 リチャーズは戦時中に友人達を亡くしていた。無理やり徴兵され、無理やり戦場に駆り出されて、親しかった友人たちと別れを告げることなく別れた経験がある。

 人が大勢死んでいく戦争。人を殺す眩い閃光がチカチカと、汚らわしい戦場で多くの友を失った。歴史に残るような戦いでもない、ありふれた戦場で散らされた。

 別段珍しい体験をしたわけではない。リチャーズと同じような経験を持つ人間などこの時代には大勢いる。もっと凄惨な経験をした者だっているはずだ。何事にも、あってほしくないことでも、上には上がいるのだ。

「リチャーズ……」

「あのクソったれ改造少女の事か?」

「さすが、付き合いが長いだけのことはあるね」

 教会の外、近く。全く整備されていない、瓦礫が散乱している。戦後、ほとんど手が付けられていないからだ。

 でも、壊れていない物も少なからずある。その中のベンチに、二人は並んで腰かける。

「改造少女を雇うのに……醜いったらなかった。人殺しなんて外道な事で、釣ってさ」

「あぁ、そうかもしれんな」

「本心を言っていいよ。私だって自分が最低な提案をして、エイトなんてカスの怪物を引き入れちまったことを、後悔してるんだから」

「エイトを引き入れたこと自体を、後悔しているのか?」

「そうじゃない。エイトは必要だ。問題なのは、引き入れる手段だった。もっと、ずっといい方法があったはずなのに。なんて提案をしたんだって」

 虚偽にしようがない提案。きっとエイトは実行するであろう提案。最悪。

 人殺しを、ハリスは敬遠している。人と接する際に、できる事なら避けて通りたい方法。

 殺さなければならない人間の見分けは付くつもりで、殺さなければならない人間なら躊躇わない自信はある。

 しかし、エイトに提案した方法では、殺さなくても問題のない奴らが生き残らない。

 殺さなければならない人間の下で働いている人間だからといって、元凶ではない。所詮は尖兵。雑兵に過ぎない。武装はしているが、殺さなくてもいいと思っている。

「そんなに人が死ぬのは嫌か?」

「殺さなくてもいい人が死ぬのは嫌なんだよ」

 ワン・モアは鉄仮面のモナクが率い、仕切っている団体だ。そして信者となった民衆は、モナク率いる元軍人の脅威によって、狂わされようとしている。

 だからモナクさえいなくなれば、後継者はいなくなるはずだと考えている。

 あそこまでモナクを持ち上げて、力を誇示しているのだ。死ねば、後継者選びになるだろうが、誰も立候補などしないだろう。

 ワン・モアの兵士たちはモナクの元部下や拾われた軍人などだ。モナクを持ち上げすぎたが故に、政治家ならまだしも軍人上りが後継者になっても、すぐに瓦解することは目に見えている。良くも悪くも、モナクに頼りすぎているのだ。

「モナクだけを殺せばいい。それはまだ許容できる、というか率先して殺す。あんな人類の癌は摘出する。それだけで、崩壊してくれる。ワン・モアの構成員は散らばって逃げていくだろうから。でも、こうならなくなっちゃう」

 ワン・モアの奴らを皆殺しにして構わない。その言葉がねじ曲がっていた。

 だが、こうでも提案しなければエイトと言う戦力は得られなかった。大量の食料等の物資で釣られないのだから、エイトの好むことを切り出すしかなかったのだ。

「エイトはきっと、楽しそうに笑って殺す。想像できるよ、笑いながら踊るように、血飛沫を宙に描くように飛ばす姿がさ……目に浮かぶ」

 まだエイトと知り合ってから全く時間は立っていない。性格など全然把握できないのが普通な時間だが、エイトに関しては別だった。一つ一つのエピソードが強烈だったがために、エイトの性格は早々に把握できた。

「俺としては……そんな危険物を仲間に引き込むこと自体、嫌だったがね。ハリスが言うならと、引き下がった」

「クロスボウを向けておいて、何言うのよ」

 ハリスはクスクスと笑った。しばらく陰鬱だったから、この笑いはとても清涼感があったように思えた。

「……ワン・モアの人間全てを抹殺するほど、改造少女は強いのか?」

「強さと凶暴性は保証する。私は体験者だし」

「そうか……」

 リチャーズは何かを考える時には、決まって上を向く。ハリスや仲間が何故か聞いたこともあるが、ただの癖らしかった。

「……ワン・モアの構成員たちの運命は、俺は仕方がないと割り切れる」

「簡単に割り切れるの?」

「意地で割り切るさ。抵抗して来たら撃ち返して殺してしまうかもしれない。やられっぱなしで殺されるつもりはないもんでな」

 人間の生存の本能に従って動くだけ。生きたいから外敵を殺す。ただそれだけ。

 だがハリスにはできないことだった。

「割り切れたら、どんだけ幸せかな」

「幸せは感じないさ。戦場にいる時はまるで、機械みたいな思考になるから。生き残るための最善を、常に考えるようになってしまっているから」

「どうしても……割り切れないんだ。反撃されても、殺さないようにやり返すだろうよ私は。なまじ改造少女のなりかけだから。死ににくいから」

 命のやり取りがしにくいこの身体が、とても恨めしい。

 この余裕のせいで、人の命をしょうがないと割り切れないのだ。

 自分は死ににくい、だから相手を銃を乱射されようと制圧できる。生き延びさせることができるから。

「ハリス。それは傲慢だ。強欲でもある」

「わかってる。死ににくいからって、命のやり取りを軽視しがちなのは、反省してるし自覚もしてる。そんで命を救えるなんてヒーローじみたことなんて、善にもならないってわかってる。独善だって」

 ハリスは元々、優しいのだ。こんな時代では慈愛など欠点なのだが、生まれ持った性分は簡単には変えられない。

「エイトという改造少女をスカウトしたのなら、覚悟を決めるしかないんじゃないか?」

「でもその覚悟が、決まらない。情けないと思うかもしれないけど、どうしても」

 モナクを殺す、その余波で殺してしまうかもしれない者たち。殺さなくていいはずの人間たち。殺してしまっていいものか、ハリスは考えてしまうのだ。

「……殺すのは、エイトだ。ハリスじゃない」

「提案したのは私だ。人殺しの許可を出しちゃったんだから、責任はある」

「ならその責任をとれ。これは義務だ。覚悟がどうこうとかいうモノではない。やらねばならないことが、ハリスにはできている。エイトが提案を飲んだ時からな」

「……?」

「ハリス、お前だけは人を殺さないことだ。モナクも、誰も殺すな」

 ハリスは、モナクの言うことが分からなかった。

「エイトが皆殺しにする。その光景をみろ。目に焼き付けるんだ。そしてエイトに指示を出せ。標的がいる場所に向かえと。そして殺しを見続けろ。最後まで……つまり、エイトにモナクが殺される様を見届けるんだ」

「そんなことッ……してどうなるっていうのよ」

「ハリスの手だけは汚れない。人を殺せという提案をしたのなら、エイトの行動を止めてはならないからな。お前はエイトに指示だけを出して、苦しむんだ。お前の義務は、苦しむことだ」

「苦しむ……こと?」

「あの悪魔を引き入れた罪悪感に苛まれながら……悪魔が引き起こす惨劇、それを鮮明に覚える。被害者に謝る。そして悔いる。嘆き苦しむ。人殺しを受け入れられずに現場に行くなら、お前の中で最大の苦しみを、じっくり味わうくらいでないと、死人に対する無礼だ。足りないかもしれないがね」

「そんな……ことを」

「悪いが、俺はセラピーなんてできない。相談に乗ると言ったが、人殺しを割り切らせるなんてことはできない。覚悟を決めさせるなんて無理だ。話下手だからな」

 リチャーズなりに考えた、ハリスへのアドバイス。

「それしか……ないと思う?」

「ないとは思わない。だけどハリスには無理だと思う……厳しいことを言うようだがな」

「そっか……」

 精神面で、ハリスはとても非力だった。ネズミや小鳥のような小動物のように小心者で、臆病なのだ。この気の弱さは、ハリスにとって邪魔でしかないのだ。

「……こんなのは、私の思い描いたことと違う気がする」

「思い描いたとおりに物事は運んだりはしない。どこかで必ず間違って、進む」

 それが人間なのだ。そうリチャーズは言う。リチャーズが今まで生きてきた中での思い出を振り返って、何度も間違ってきたから言える言葉だ。

「……エイトを利用する。リチャーズは正義だと思う?」

「そんなの、正義と思ってやるしかない。悪だと思っても、モチベ―ジョンが上がらんからな。これが誤りだとしても、前に突き進むしか道はないのなら、行くしかない。実際のところ、どっちが善悪かは民衆が決めることだ。今もそうだし、戦いが終わってもそうだ」

 エイトを使う。改造少女という莫大な戦力を使う。悪魔の兵器を使う。

 悪を持って悪を制する。昔からよくあること。珍しいことじゃない。

 その結果は、これからの歴史が定める。当事者ではなく傍観者が、善悪を決めるのだ。悪も善に、善も悪になりようがある。

「それだと、報われないこともあるってことだよね」

「報われないからといって、ハリスはワン・モアの業を許せるのか? ちなみにだが、俺たちは許せないからアンチ・クランなんだ」

 ハリスは首を横に振った。ワン・モアは許せない。それは変わることなし。

 報われるために戦うのではない。ワン・モアの支配から民衆を解放するのは、もはや建前といっても差し支えない。

 許すことができそうにないから、ワン・モアに喧嘩を売るのだ。結成した時からずっとそうしてきた。自分たちが傷つこうが、その怒りのおかげで屈しなかった。

「ハリス、俺たちアンチ・クランはお前が人間として戦いを始めたから、リーダーとして尊敬するんだ。人でなしのハリスだとしたら尊敬していない。……人間としての心意気に、惚れ込んでいる」

 リチャーズはハリスの目をみて話した。真剣な眼差しで、しっかりと。

「ありがとう……そこまで言ってくれるなら、くよくよしてられないね。しっかりと人間として、役割を果たすよ」

「……その意気だ」

「話下手って言うわりには、そうでもないじゃん。リチャーズだと割と悩みも打ち明けられる。ホント、助かったよ」

「そう言ってくれるなら、いつでも相談くらい乗るさ」

 リチャーズは立ち上がって、ハリスのもとを去る。アジトに戻るのだ。

 ハリスも少し遅れて立ち上がり、アジトの教会へと戻った。やっておかなくてはならないこと、やらなくてはならないことを片付けるために。

 エイトを引き入れたことにより、後悔しないということはない。絶対に後悔はする。もっと穏便に進められたはずではと自分を責める。

 ハリスは承知の上で、作戦を考えることにした。後悔上等。かかってこい。後悔しても、すぐに立ち直れば何も問題はない。

 どんなに気が落ち込んでも、人が傷つき死んでいこうとも、とにかく最善を目指して行くしかないのだ。人の死を悲しみ、尊びながら前に進むしかない。

 人間として、当然の怒りをぶつけるために戦うのだ。戦わねばならないのだ。ワン・モアに怒り、戦わないという事は、人間として最悪だとハリスは思っていた。

 報われるかどうかはわからない。だから戦わないということにはならない。

 ハリスはリチャーズが言った一字一句を心のノートに書き留め、やらねばならないことをこなしていく。

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