改造少女と麗しい対価
13、
エイトの笑い声だけが部屋を包む。どこかろくでもない場所へ誘われそうな魔の笑い声。聞いていて気持ちのいい声ではない。
「みんなァビビりすぎだよぉ? 改造少女は世界の平和を守るために造られたんだからさぁ、優しさに満ち満ちている存在な訳なんだよさぁ。怖がらないでよぉ」
「下手くそな嘘だね。平和を守るために造られただなんて、冗談にしても笑いも起きやしないよ」
ハリスは改造少女が、どういうものか知っている。目の前のエイトと言う少女が、どういう存在なのかわかっている。
ニタニタ笑うこの少女の身体はもはや人間とはかけ離れすぎている。怪物と呼ばれても何も間違いではない。優しさなど、この少女は幼いころに学んでいるはずがない。
「エイト、アンタはなんでここに来た?」
「旅の途中で立ち寄っただけだよ。食料と水を調達できればと思ってさ」
「ほう……」
「嘘じゃないよぉ? 信じてくれないわけ? 友達なのに、信じないなんてひどい奴だなあ、ハリスはさぁ」
「……信じたいのは山々だけどね、アンタの素性がはっきりとしてから信頼を置いていいものかわからなくなってる」
疑いはしていた。白い髪と白い左眼をみて、もしやと思っていた。勝手に、そうであってほしくないと思っていた。
だから、見ず知らずの少女としてほんのちょっぴりだけ、人として信用をしていた。最低限の信用だ。
疑いは確信に変わってしまったので、もうどうしようもない。そうであったのだから、もう信頼できる自信がない。人でない少女に対して、信じるという行為が難しい。
「人に信じてもらえないという事が、どれだけつらいかわかってるのォ? もう心がはち切れんばかりに膨らんでるのを感じるぅ」
「改造少女が人間の心の理解をしてるっていうの?」
「理解してるともさぁ。戦争はまだ終わってない、終わらせたくないっていう一途な気持ちはよくわかる」
「なんにも理解してないじゃん。そんなだから信じるのが難しいって言うんだよ私は」
自身も改造少女の端くれ。エイトの言っていること全てが理解不能というわけではない。しかし一切同調するつもりはない。エイトの今の言葉は空っぽだ。
「……アンタはここに災いをもたらしに来た。それで間違いないって、私は決めつける。どう言おうと、これを事実として話を続けるから」
「勝手だなあ」
「改造少女は厄災そのものだって、私自身がよく知っている。だからアンタの事は信用なんて、できないからさ」
信用は過去を信じて頼ること。信頼は未来を信じて頼ること。ハリスはそう考えている。
エイトは、信用も信頼もできない存在だ。そして、永遠の信用はこれからずっとできないであろうとハリスは思う。
「私達を助けた理由を聴くよ。必要ないと思ってたけど、アンタに対しては必須なことだった」
助けることに理由など求めない。助けたという事実があればそれで感謝をする。それがハリスの流儀だ。しかしその流儀を捻じ曲げる存在が目の前にいる。
「気まぐれだよ、気まぐれ。面白そうだから、参加したくなってね。あんな乱闘騒ぎはお祭りみたいなもんだからさ。心がドッと、参加しろって叫んだわけよ」
ありえる話だ。改造少女は戦闘のための兵器。戦闘こそが本能なのだろう。
ハリスの理解したくない、改造少女の思考のひとつだ。
「それは、本当っぽいね」
「冗談は好きだけど嘘は嫌いィ……そんな性格なの」
人を馬鹿にしたような態度をとり続けるエイト。ハリスは心の平静を保ちながら話を続けなければならない。苦行に等しい。
「……この街から出ていくつもりはあるの?」
「もちのろん。いつまでもここで暮らすつもりなんて毛頭ないとも。今は楽しい場所だけど、そのうちつまんなくなるのが、ここの未来だからさ」
「つまんなくなるって、どういうこと?」
「戦いが終わっちゃって、人がいなくなるってことだよ。そんなんじゃ、何も楽しめないだろう?」
戦いこそが最大の娯楽。それがエイトの価値観であり、この場にいる全員とは正反対。
「貴様ッ!」
自分と真逆の価値観というのは、怒りを生む。
エイトの横にいた構成員の男が、エイトの頭にクロスボウを向ける。
「人が死ぬ戦いを楽しいとは。聞いていた通りの悪魔だな。人として、貴様を滅ぼさなくてはならん!」
クロスボウが発射するのは矢である。引き金を引けば矢が飛ぶ。今、この距離ならば確実にエイトの頭に矢が直撃する。
「自信があるようだァね。矢じりに何を仕込んでらっしゃるのかしらぁ?」
「爆薬だよ。小さい爆薬。アンタの頭を滅茶苦茶にするくらいの威力はある」
構成員の代わりにハリスが質問に答えた。
「あらまぁ大層なことですね! でもこんな至近距離じゃさぁ、撃ちにくくなァい?」
構成員とエイトの距離は、エイトが腕を伸ばせば届くような距離。剣でも近すぎるような至近距離だ。
小さくても爆発が起きれば、撃った張本人も被害を被る距離。
「……覚悟の上だ! 貴様をここで始末しなければ、人類に明るい未来など訪れない!」
「なら撃ちなよお。躊躇ってんじゃあないぜェ、ホラ」
エイトは構成員の正面に座るように移動する。そして両腕を真横に広げて、無抵抗の意志を示す。
「……殺してやる!」
「殺してやるって気合いがあるなら、速くやってみなってば。君が思ってるほど、大したことないって。でもビクついてるなぁ?」
「いい加減にしろ。リチャーズ、降ろせ」
ハリスの怒気が声に表れていた。リチャーズという構成員はクロスボウを素直に下げる。
「アッハッハ! ビクついてんなら撃てやしないよぉ。戦いで引き金を引ければ万々歳ってレベルの御人だよリチャーズくぅん? 引き金引けたらおめでとさん!」
「煽り立てるんじゃない、エイト。煽るのなら私にしろ」
ニタニタと笑いながら、エイトはハリスの正面に座りなおす。リチャーズは悔しそうに顔を歪めていた。
「何故アンタはそうやって人を馬鹿にするんだ」
「馬鹿にしたつもりはないよぉ。アドバイスじゃんアドバイスぅ。誇り高き人間様を馬鹿にするだなんて、罰が当たっちゃうもーん」
エイトもだんだんと怒りがこみあげてくる。大切な部下を愚弄されたも同然。
しかし、抑えなければならない。怒りを剥き出しにして話などして、良い結果は訪れない。我慢するエイトと同じように、四人の構成員も怒りを抑える。
「……私達は、君に今すぐにでもこの街から、消えてなくなってほしいと思っている」
「助けてあげたのに、恩知らずめぇ」
「私達も、君を救っただろう。それでお相子だ。お相子だから食料や水の提供はしないことにする。わかるな?」
「もらうにはどうしたらいいのぉ?」
聞くまでもなく、エイトはすでに感づいている。しかし、あえて聞いた。意味は特にない。
「……アンチ・クランに協力してくれれば、働いてくれた分だけの礼はさせてもらう。改造少女といえど、受けた恩は必ず返す」
「そっかぁ。面倒なことだのォ」
エイトは白い髪を弄りながら天井を何となく見る。
「ここに来てまだ二日目。アンチ・クランの現状もさっぱりと理解できていないのに協力するのはとってもリスキーなことだよねぇ……」
エイトは考える。戦闘こそが至上の喜びではあるが、考えることを放棄はしていない。考えてから戦いに興じる。それがエイトなのだ。
「ワン・モアに肩入れしたほうが、ぶっちゃけ利益はでかいと思うのよ」
「ワン・モアは君を連行しようとしていた。その意味が分からないか?」
「馬鹿にしないでよぉ。殺そうとしてるのは知ってるさぁ。でも奴らの持ってる物資はとても魅力的でね。ぜひとも奪ってしまいたいのでよ」
「そういうことなら、私達の力を使ったらいい。私達から物資を受け取って、ワン・モアからも奪っていけばいいだろう。そうすればアンタは有り余るほど物資が手に入る」
「前の約束よりも多いね」
「アンタはそのぐらい強欲だってことよ」
前にした約束は、ワン・モアから奪った物資のみ。
しかし今、ハリスが提示したのはワン・モアから奪った物資と、アンチ・クランの物資の提供だ。単純にエイトが得る利益が多くなっている。
「でもなぁ、前にも言ったけど、一組織壊滅の割に報酬がイマイチな気がしないでもないんだよねぇ」
「君が大好きな戦いの場を、最高とも思える場所を提供する」
そのハリスの言葉を聞いて、エイトの笑みが少しだけ減った。薄く笑うくらいにまで減った。
「それはどういう意味かなァ?」
「ワン・モアの奴らを……皆殺しにしてくれても構わない。一般人を殺しさえしなければ、君の好きなように暴れてくれていい。それで物資が手に入る。悪くないだろう?」
「あー……」
改造少女のことを知っているハリスならではの提案。そしてエイトの性格を分析したが故の苦渋の提案。
「わかった。アンチ・クランに協力するよ。約束は守ってもらうからねぇ?」
「この命にかけて。約束は守る。アンタが相手でもそれは変わらない」
信頼などできはしない相手。
だから物で釣るような提案をした。こちらが好きに動かせるような駒にするために。
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