ハリスは改造少女がお嫌いで?
「しばらくこのアジトで寝泊りさせてもらうよ。いい?」
「あぁ。構わない。好きなところを使ってくれていい」
「いえーい。太っ腹!」
エイトはそう言って、浮かれ気分で部屋を出る。
部屋を出ようとするときに四人の男が警戒したが、ハリスはそれを止めた。
「ハリス……本当に良いのか?」
「何が……?」
先ほどクロスボウをエイトに向けたリチャーズが、ハリスに問う。
「ヤツにそんな膨大な量の物資を渡すだけの価値があると思っているのか? 俺はとてもそうはみえない。ヤツは今すぐにでも殺すべきだ」
「私だってそう思うさ。みんなもきっと、そう思ってるんだろ?」
残る三人にもエイトは聞いてみる。三人は黙って首を縦に振った。
「なら殺してしまおう。ヤツは改造少女なんだろう? 人間性のないただの怪物だ。殺しても何も悪くなんかない」
「殺さない。エイトはワン・モア壊滅に必要な物」
そして小声でハリスは話す。
「殺すのは……ワン・モア壊滅の後」
そのハリスの言葉にリチャーズはほどほどに納得する。他の三人も同じように納得した。
「少し、ここで一人にさせてほしい。ちょっと出てって」
ハリスの言葉に従い、四人の男は部屋を出ていく。
こじんまりした部屋に、エイトは一人。
頭を抱えて、考えてしまう。
14、
エイトとかわした約束。裏切るつもりの約束。エイトとしてしまった悪魔の約束。
物資を提供するというのはまだいい。かなりの量の礼を提示しなければエイトは動いてくれないだろうし、動いてくれなければワン・モアを壊滅させることなどできないのだから、仕方のない出費なのかもしれない。そう自分に言い聞かせる。
しかし、ワン・モアの構成員を皆殺しにしてしまってもいい。そういう約束をしてしまったことを後悔する。
いくら潰すべき組織といえど人間が相手だ。黒幕であるモナクは殺す。それはもうすでに決めたこと。どんな理由があろうともモナクだけは必ず殺す。
しかしその指揮下にいる者達まで皆殺しにして良いのだろうか、そう思ってしまう。
人の命を、約束するための贄にする。その恐ろしさを実感した。
人殺しを許容することは、決して超えてはならない一線だったのかもしれない。
その一線は、人間らしさの境界線だったのかもしれない。超えれば人間でなくなってしまう、魔の線。それを超えることになってしまう。
ハリスは改造少女の出来損ない。身体はエイトにかなり近い。エイトに近い怪物なのだ。
だがハリスは人間として生きていく事に決めていた。怪物でも人間として生活できると信じたかった。
でも、今のような約束をしてしまうようではエイトのような物と同じ。そう物と同じだ。人間性がない、悪魔の物体でしかない。
何がワン・モアの壊滅を目指す、だ。
人殺しを許容するなら、ワン・モアと同じだ。
ワン・モアとは別方向で質が悪い。ワン・モアは組織自ら手を下したりしない。あくまで民衆の判断に任せて、殺戮をしている。
しかし、アンチ・クランは組織自らが手を下そうとしている。民衆の幸福のためという名目で人殺しをしようとしているのだ。
もう自分も組織も非道に堕ちてしまう。時間も問題。止められないし止まらない。
「……私達は!」
ハリスは自分の頭をひっぱたく。一度思考を物理的にリセットしようと試みる。
「私達は……正しい方向へ導く」
それが使命であり、アンチ・クランを結成した理由だ。
民衆に石打ちを強要するワン・モアを打倒する。ワン・モアに逆らう者に、刑を強要するのをやめさせる。それがアンチ・クラン。
石打ちは他ならぬ民衆が、元は仲間であった人を痛めつけて殺す。
そして殺し終えたら、人々は次は自分なんじゃないかと、疑心暗鬼に陥り恐怖する。殺される前に殺してしまおうという気持ちがだんだんと強くなっていく。
他人を信用できなくなる、ワン・モアが定めた最悪な法。
その法を、ワン・モアを良しとしない者たちが集まって結成されたのがアンチ・クラン。まさしく正義の軍団だ。そう信じる。
「正しい……正しいんだ」
アンチ・クランは正義の軍団。悪のワン・モア、その首領であるモナクを倒すための組織。それで間違いない。今までずっとそうしてきた。皆にもそう言ってきた。
そしてアンチ・クランには正義の味方しかいない。民衆を正しく導ける才能を持つ、未来溢れる勇者たちが集っている。きっとそうだ。
そしてハリス・カナエラは、その正義の軍団を率いるリーダー。リーダーは紛れもなく正義でなくてはならないのだから、確実に正しい。
「悪を倒す。使い潰してでも倒す」
使い潰すべき悪は手に入れた。エイトのことだ。改造少女は戦争の残した最悪の遺産。未来に残しておくべき物ではない、消滅させるべき物だ。
言い聞かせる。それは正しいことだと、ハリスは心に言って聞かせる。
悪を持って悪を征する。それは正義の行いである。故にアンチ・クランは正義。リーダーもまた、慕われるべき正義。人間として、称えられるはず。
そう言い聞かせた。誤っていようが、正しいことだと捻じ曲げて。
そうしないと限界だ。精神が持ちそうになかった。
「はぁ……はぁ……」
エイトと出会って、エイトが改造少女であると判明してから、ハリスの精神は退行していた。志が歪みかけていた。
エイトの性格が、ハリスに影響を与えたのだ。エイトの戦闘への意欲が、ハリスの心を揺れ動かしたのだ。
「私達は正しい。正しい。それが真実。エイトは悪。モナクを悪。それが真実で間違いのないこと。きっとじゃなくて絶対そう。私達が、唯一無二の正しさを持っている」
精神が揺らいでいた。だからハリスは深呼吸をして、呼吸を整える。呼吸を整えれば心も落ち着く。そう教えてもらった。仲間たちに、人間の仲間たちに。人間なりの方法を。
だが、違った。落ち着かなかった。ちょっと前に試した時はうまくいった。おちつけたのに、今回はまるで落ち着かない。
エイトの事を思うたびに、過去を思い出してしまうからだ。どうしても、エイトの顔が脳裏にちらつく。まるで乙女の恋心のごとく、フワフワとエイトが頭の中を漂っていた。
改造少女としての過去。なるまでの経緯。鮮明に思い出す。楽しかった記憶など、欠片ほどもない。
「……ハァ」
もう何度もしたため息。いつまでたっても気が落ち込んだ時にはしてしまう。慣れたりしない。
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