ギオーナとワン・モア
11、
まさか、もう一人改造少女がいるとは思わなんだ。
しかもアンチ・クランのボスであるハリス・カナエラだったとは。
戦って理解した。体感した。彼女の人並み外れたパワーを。
女性は力が男性よりも劣る。それは仕方のないこと。差別とも言われるかもしれないが、圧倒的な現実。記録。事実。
女性のパワーとは思えない。数々の人間と戦ってきたことがあるから、経験でわかる。人間とそうでないものの違いなど、すぐにわかるようになった。
ハリスは改造少女。ほぼ間違いのないことと判断する。
ギオーナは戦う以前に見抜けなかったことを悔いる。見抜いておけばエイトを連れて逃げるという選択ができた。見抜けていなかったからこそ、選択肢を誤ったのだ。
二人が追ってくる様子はなかったが、念のため後ろには気を付けて移動した。尾行されるのは個人的に嫌いだったし、もしも追手が攻撃してきたら対処できるようにだ。
ギオーナはワン・モアの根城である大きな建物に入っていく。警備の者に軽く挨拶をかわして中に入る。
建物は戦時中に造られた軍の倉庫を改築していた。元がそれなりに広かったため、改築は容易だった。しかも武器、弾薬まで残っていたため、根城にするにこれ以上にない場所だった。味は不味いが食料も溜め込んであった。
そして軍服も大量に保管されているため、ワン・モアのメンバーはほぼ全員、軍服を制服代わりに着用している。引き締まってみえるため、ギオーナは嫌いではない。
廊下を歩き、治療室を目指す。
ノックをして、扉を開ける。
そこには白衣を着た男性が、本を読んでくつろいでいた。
「……怪我をした。治療してもらいたい」
「……はいはい。あぁ、ギオーナか。怪我なんて珍しいな」
ギオーナの古い友人で元軍医。エルベルト・ルバル。このご時世で医者というのはかなり重宝される存在だ。ギオーナもここにいてくれることを感謝していた。
ギオーナはエルベルトに右腕を見せる。
「ひぇ……ひどくやられてるな。少し触らせてもらうぞ」
「かまわん」
エルベルトは赤く腫れあがっている右腕を触り、状態を確かめていく。たまにギオーナのリアクションも確認しながら。
「痛いところは……聴くまでもないが一応、応えな」
「お前の触った箇所が酷く痛む」
「だろうな。痛むところだけを触ったし。尺骨と橈骨はバッキリ折れてやがるし、当然だ。関節部分が無事なのは、幸運だと思うか?」
「治るか?」
「治すさ。医者なんだから当たり前だ。だが時間はかかる。治療するくらいなら腕切り開いて新しい骨をぶち込んだら速いんだがな」
「……それもいいかもな」
「マジになんなよ。冗談だろ」
「その冗談を全部呑み込んでしまうような怪物に会ってきたんでね」
「例の改造少女か? マジだったか」
エルベルトはギオーナの右腕を確認しながら驚いてみせる。
「お前にこんだけのダメージを負わせるとはなッ!」
「……痛ッ」
折れてズレていた骨をもとに戻す整復。エルベルトはギオーナに掛け声なくやってしまう。不意打ちの痛みにギオーナもビビった。
「せめて一声かけろ」
「ははっ、悪い悪い。指は添え木しときゃいいだろ」
エルベルトは器材を漁り始める。添え木とギプスを探しているのだ。
「そんな大層なものはいらんぞ」
「そうか? 物が足りなくて、こんなならいくらでもある。それを腕にくっつけて包帯で巻いておけば治る」
エルベルトから渡されたのはボールペンサイズの木の棒と、鉄の棒だ。どこかの廃材だろうとギオーナは予想する。
「しかし改造少女か。お目にかかりたいもんだね」
ギオーナの手当てをしながらエルベルトは会ったことのない改造少女に思いをはせる。
「そんなに恋しがるような連中じゃあない。怪物といったろう」
「でも女の子なんだろう? 可愛らしい女の子だって聞くぜ?」
「いくら可愛かろうが、中身が中身だからな。可愛げの欠片もないバーサーカーさ。怪物女に恋する人間なんて、気が触れてる」
そう話しているうちに治療は終わる。エルベルトは手際が良いのだ。
「ボスに報告しに行くのか?」
「あぁ、失敗しましたと伝える」
「あの仮面野郎、怒るかもしんないぜ。改造少女にやられた傷がうずいてたまらねぇ、とか言ってさ」
「そんな野蛮人ではないと、俺は思ってる」
「それならいいや、またな」
「あぁ、また来る」
そうして治療室を後にして、ボスの部屋へと向かう。ボスの部屋は階段を上がって二階。一番奥の部屋だ。
また軽くノックをする。
「失礼します。ギオーナです」
「……入れ」
扉を開けてギオーナは鉄仮面の男を目にする。いつもどおりの、無骨なデザインの鉄仮面に軍服。ホラー映画の殺人鬼役のようだった。
「報告させていただきます。改造少女エイトの捕獲に失敗。原因は敵の増援によるものでして、アンチ・クランのハリス・カナエラが邪魔をしてきました」
「ハリス・カナエラ……? 奴は小物だ、怪我をしていてもお前が負けるような相手ではないだろう? 油断でもしていたか?」
「いえ、彼女も改造少女でありました。あの人外の力は、まさしく改造少女そのものでありました」
「……そうか、お前がそう思ったのなら、そうなのだろう……」
デスクに座るモナクの拳が握られる。そしてデスクに叩きつける。
鉄仮面のせいで表情がわからないが、怒っていることははっきりわかる。
「クソ! なんてことだ! 忌々しい改造少女が二人もこの街にいるだなんてッ!」
「……落ち着いてください」
「落ち着けるものか! 大体貴様が取り逃がしたからこんなに怒っているのだ。改造少女を目の前に持ってこいと言ったろうに!」
「はい、その指示は覚えております」
「だったらッ何が何でも連れてこい。そして殺せ。完膚なきまでに叩き壊してしまえ! 右腕を負傷しているようだが、そんなの構うんじゃない! 全身を粉砕されようと、このモナクの言ったことは守れ!」
モナクの怒りの原点。ギオーナは話には聞いていた。しかしギオーナにとってモナクは軍人時代の上司に過ぎない。モナクの過去など知ったことではない。
ただモナクの創り上げた組織が強大だったから、指示を聞いているに過ぎない。個人的な恩義もなければモナクに対する尊敬など皆無だ。
「……承知しました」
「ギオーナ。この私が君を使ってやっている理由が分かるか?」
ひどく上からな質問だが、ギオーナはモナクに何も文句を言わない。
「君が有能な部下だったからだ。私の手足に相応しいと思っているからなのだ。失望させるな。せっかく、信頼してやっているんだぞ」
「……はい」
「下がれ」
ギオーナは礼をして、モナクの部屋を出る。
「……ふぅ」
モナクの前では決してだせないため息。モナクと言う人物に対する軽蔑のため息。
自分よりも劣る人間にあそこまで言われると、心身に多大なストレスを感じる。
「チッ……」
突然の頭痛。イライラすると起こる、もはや生理現象レベルであった。
そしてさらに、過去の記憶まで思い出してしまう。
人類の英知によって消滅していく故郷。そしてそこにいた恋人。家族。友人。すべてが消えて、魂が天に昇っていくのをみてしまった。
その記憶は色あせない。最初から白いものがどう色あせようか。白い光が全ての怒りの原点であった。すべてはそこから派生していく怒りであった。
とにかく、今はモナクの指示に従うしか生きる術はない。他に方法がない以上、モナクのご機嫌取りが重要だ。あの男は多大なる権力を得ているのだから。
「おいッ……そこのお前」
「はッ……」
玄関前に通りがかったワン・モア構成員の男に話しかける。頭痛がまだあるが、痛みを顔に出さない。
「すまないが、人を集めておいてくれるか? 俺は少し出かけるからその間に頼む。民間人でも構わないから、とにかく2,30人くらい集めておいてくれると助かる」
「わかりました……理由を聞いても?」
「名目上は捜索ということにする。探すのは敵のアジト。探して壊滅させる。じゅうたん爆撃のようにな。一気に叩くためだ」
ギオーナは痛む頭をさすりながら外にでる。ワン・モアの協力者たちを募るためだ。そこらじゅうにいる人々すべてが、ワン・モアに従っている。簡単に集まるだろう。
「……待っていろ、改造少女め」
12、
ギオーナとの戦闘から約三時間後。
ハリスの呼んだ応援の仲間に連れられてアジトに帰還していた。応援を呼んだのはエイトが暴走した時のためだ。
「……でさ、ハリスは何が聴きたいわけ?」
テーブルはなく、椅子だけ。対面して座るエイトとハリス。その周りには四人のアンチクラン構成員。全員武装して、狭苦しい小部屋にいた。
「そりゃ、改造少女が何でこの街にいるかってことよ。改造少女なんて、もうみんなイカレて死んだもんだと思ってたからさ」
「アッハッハ! イカレただってぇ? それでも死ぬわけないじゃん、ていうかこんな死ににくいったらない身体で、死のうとも考えたことないね」
エイトは笑う。ハリスを含むアンチ・クランの構成員は冷や汗をかく。もしかしたらと思うと、クロスボウの引き金を引きかねない。
エイト以外の全員が、緊迫した状況の中にいた。
エイトだけが、緊迫していた皆をみて楽しんでいた。笑うほどに、愉快だったのだ。
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