世の中つまらないと思うから、やることを決めてやっている

4、

 結果として、街中を練り歩いて探しても食べ物はなかった。

 人はいるはずなのに皆どこかに隠れているようで、人の姿すら見つけられなかった。

 そして夜になり、空腹のまま眠ることを余儀なくされる。偉そうにコンサートを開く腹の虫達はやけに上機嫌なようで、最悪だった。

 道端で眠るわけにもいかないため、どこか身を隠せる場所を探す。一度荷物を持っていかれた経験から、用心深くなる。

 寝床にいいなと思ったのが、傾いて崩れかけた廃屋。人が入るスペースがあれば眠ることは出来る。快眠まで要求することはない。

 硬い床だが、エイトは眠れる。眠っている間も油断してはいけないために、浅い眠りしかしてはならないのが辛い。

 ほぼ寝不足状態で、朝を迎えた。

 エイトは廃屋の外に出て、また食料でも探すかと考える。それと水だ。必要な物資はいくらでも欲しい。どうにかして手に入れなければならない。

「人類をもう一度! 繁栄させるべく皆で努力していこう!」

 何か聞こえてくる。ただの大声にしては奇妙な音質。拡声器でも使っているようだ。

 食料調達が優先なのだが、興味がある。この街の情勢を知ることもできるだろうと自分に言い訳して、エイトはふらりと歩きだす。

 情勢など知ったところで関係のない事と思ってしまわぬように、さっさと歩く。

「人類は潔癖で、純粋な生命体であり、この地球を支配するにふさわしい気品を備えた唯一無二の生命体である!」

 拡声器から発せられる声は、男性の声。その声を一字一句聞き逃すまいと、人々が集まっている。

 瓦礫の山の頂上に人が見える。2,3人いる。全員軍服らしきものを着用していて、奇妙な圧力を発していた。

 その中の一人は何やら鉄の仮面を付けていた。そしてその鉄仮面が、拡声器を持って演説を繰り広げていたのだ。

「核の炎で人類は十二分に反省しただろう。地球もすでに怒ってなどいない。ロスの目覚めは、我々が努力すれば阻止できる。だから、頑張っていこうではないか!」

「ワン・モア万歳!」

「ワン・モア万歳!」

「人類にもう一度緑の地を!」

「我々、ワン・モアが貴殿らを輝かしき未来へと連れていく。悪しき者を蹴落とし、聖なる者だけが未来へと誘われる!」

 エイトにはさっぱり興味のない演説。宗教的なことをしているというのを理解した途端に興味が失せた。

 戦後、何かの教えに縋りつく者は多い。神でも人でも、何かの周りに集まって安らぎを得たがるのが人間の性だ。この街もそうなのだろう。

「私、モナクは嘘はつかない。真実のみを口に出す。今までもこれからもそうだ。ワン・モアを信じて、私を信じて着いてきてくれ!」

 歓声があがる。万歳とか、口笛とか。人の喉から出る音すべてが発せられている。

 エイトにとっては背後の事。耳に入ったこともすぐに忘れるだろう。

 忘れるだろうと思っていたのだが、それは不可能となった。

 ドンッ……!

 爆音。悲鳴。怒号。全てほぼ同時。絶妙なハーモニー。

 エイトの興味が、元に戻る。トラブルとあっては、見て見ない時が済まない。

 そして何より血の臭いが香ってくる。もう野次馬せずにはいられない。

 振り向いて群衆と瓦礫の山を見ると、焦って取り乱している人もいれば血眼になって何かを探している人もいる。冷静な人間は瓦礫の山の上にしかいない。

「ワン・モアを信じるなぁ!」

「奴らこそ悪魔そのものだ! 気が付いてんだろッー!」

 エイトの後方から突然現れる青年たち。どこかに隠れていたのだろうが、気が付かなかった。人の臭いが多すぎた。

 目の前にいたエイトを押しのけて、青年二人は群衆に突っ込んでいく。

 手に持っているのは、液体の入った瓶。それに紐が付いている。エイトは感づいた。火炎瓶であると。

「火炎瓶があるってこたぁ……」

 こんな時だが希望を見出した。火炎瓶の液体がガソリンなどの燃料だとしたら、それを頂けるという事だ。エイトの心が躍ってきた。

 エイトのウキウキなど誰にも伝わらない。青年たちは群衆に向かって火炎瓶を投げつける。

 しかし向かって投げたとはいえ、かなり高く放り投げた。落下地点を予想できるように。

 群衆は落下する場所を見極めて身を引いた。キャッチしてやろうなんて馬鹿はいなかった。

「これから!」

「合図に気づけよ……!」

 青年たちが走っていく間際に、エイトはそんな会話を聞いた。会話の内容から、これだけでは終わらないことが簡単にわかる。

 エイトの予想通り、終わりはまだだった。多くの青年たちが周囲の廃屋かた飛び出してくる。全員手に物騒な物を持っている。

 群衆を包囲するように展開する青年たち。恐らく宗教団体の敵であると判断する。

 このままでは囲まれて皆殺しにあう宗教団体。たしかワン・モアとか呼ばれていたのを思い出すエイト。

「アンチ・クラン共が攻めてきた! 怯むな! 奴らの持っている武器などこけおどしである! 我々は大勢だ! 勝てるぞ!」

 鉄仮面の男が拡声器を使って激を飛ばず。

 死ぬかもしれない戦いに飛び込めと言われたようなモノ。普通の人なら忌避する。しかしワン・モアは鉄仮面の言う事は従う。

「各個撃破だ。奴らの包囲は薄っぺらだ! 包囲と呼ぶにもおこがましい! 武器に怯まなければ楽に殺せる!」

 鉄仮面がそう言えば、群衆はまとまりを持って包囲しようとしている青年たちに突撃していく。

 人の波。飲み込まれれば惨殺確定。だから青年も精一杯武器を振るう。決してこけおどしなんかじゃないナイフやクロスボウを活用して応戦する。

 血が流れる。群衆の中には子供もいた。老人も混じっていた。だがしかし、誰も今は死を気に留めない。自分が死ぬかもしれない時に、他人を構っていられない。

 もはや混沌とかした瓦礫の山の周辺は、しばらく納めようがなかった。唯一平和なのが瓦礫の山のてっぺん。まるで台風の目だ。

 その目を狙う、一人の女性。ブロンドヘアーでスタイルの良い美人だが、般若のごとく怒り燃えているので、自身で麗しさを消していた。

「罪のない人々を暴力に巻き込んでんじゃないッ! モナクッ!」

 女性の声。クロスボウを握りしめ、瓦礫の山の頂上を狙う。

「死ねッ」

 女性は何のためらいもなく矢を発射した。特性の鉄の矢。毒だって盛ってあった。

 しかし狙いを定め、撃ちこんだつもりのモナクはぴんぴんとしていた。

 近くに立っていたガタイのいい中年男性に、矢をキャッチされていた。

「――ッ逃げるよ!」

 どうやらテロ集団のリーダーらしかった。指示は聞こえたのかわからない。群衆の叫び声でかき消されてしまっているかもしれない。

 モナクにあんな事を言った手前、群衆を撃つわけにもいかない女性は、少し離れて頭で無事を願うしかなかった。

「……そこのお姉さん」

「ッ何!?」

「かまえないで。お助け参上ってやつですね」

 女性はエイトの近くに走ってしまっていた。だからエイトが話しかけた。ラッキーと思いながら、笑顔で。

「アンタの部下を助ければイイんだよね。死傷者は少し出るけど、それはそれでいいっしょ。盛り上がることには」

「何言って……ッ!」

「たまらんね。こういうのもさ」

 ゲラゲラと笑いながら走り出すエイト。狂気に満ちた笑顔で、怒れる群衆の中へと突っ込んでいく。

 もう夢中になってしまった。止まれない。

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