人と友情をはぐくむなんて、幻想だとばかり
5、
「ちょっと待って!」
後ろからの声など、エイトの耳には入らない。自分が聴きたい音しか耳に入らない。
助け出す目標はクロスボウやナイフ等で武装している人間。それ以外は敵。
そのくらいの認識でエイトは群衆に突っ込んでいく。
「ウシャぁ!」
さっそく一人、一般人を殴り飛ばす。走った勢いも上乗せして後頭部をぶん殴った。
殴られた者は中年女性。声も出さずにその場に倒れる。もしかしたら何か声をだしていたかもしれないが、周りの音で聞こえない。
「イヒヒ……ッ!」
次々と殴り、蹴りを繰り出していく。人が多く適当に繰り出すだけでも誰かしらに当たる。エイト的にはもう楽しくて仕方がない。
ガツン!
後ろから殴られた感触。エイトはすぐさま振り返り、殴った相手に報復する。顔面が潰れるほどの威力のパンチを繰り出して、一発でノックアウト。
「殴るッ……うふふ……殴られんのも、気持ちぃ」
悦に浸りながらも暴力は止めない。
一般人であろう人間たちを次々とのしていく。
幼げな少女が敵の中で一騎当千の活躍をすれば、それを許さないのが敵だ。
群衆の狙いが少女にも集まっていく。助けようとしていた人間たちに対する敵意がほんのりと弱まる。
「クソガキ!」
「取り押さえろ!」
エイトはまだまだスタミナ充分。大人たちの胸部や腹、顔面に次々と鉄拳をぶち込んでいく。時には蹴りも織り交ぜて、舞い踊るように暴れ回る。
ふざけた勢いで人に危害を加えまくるものだから、さすがに群衆にも逃げ出す者も出てくる。昨日の光景を見ていた人間は我先にと逃げていく。
暴力の標的になりたくない。誰しも思うことだ。
「にーげーたッな! 逃げるなんてそんな弱虫毛虫ハサミでちょん切ったるどぉ!」
勝手気ままにヒートアップしていくエイトに、周りの人々はついていく術を知らない。
取り押さえようとしていた者達も、エイトの異常性に腰が引ける。
「ぶった切った芋虫と同じか違うかわからないィー。なら確かめてみようじゃんさぁ、人の血は何色だったか忘れないように。大丈夫だ安心しろな」
意味不明だがとりあえず物騒に聞こえるエイトのセリフ。
笑いながら拳を振り回すエイトの周りにはもう人はいなかった。誰も近寄りたくないのだ。
「もういい! 白髪の女の子! 助かった!」
「あん……ッ?」
その一声で、エイトは止まる。女の人の声。その声の主は先ほどの女性だった。
エイトがその女性の方向を向くと、すでに青年たちは遠くに逃げており、残るはその女性だけだった。
「アンタも一緒に逃げよう! もういいから!」
「あー……そうね、はい」
心の中で燃え滾っていた火が、元栓を閉められたようにフッと消える。
エイトは先ほどまでの狂気の行動から一転、群衆から全力で離れる。追いつかれたら面倒だと思って走って逃げている。
待っていてくれていた女性に追いつき、一緒に逃げる。
「君のおかげで助かった。ありがとう。私はハリス、よろしく」
「エイトだよ。みんな逃げ切れたの?」
「大体ね……後で話すから。今は逃げること考えて」
二人は群衆から遠く離れていく。瓦礫の山周辺は血のしぶきで汚れていた。
怪我をしている人も大勢。気を失っている人も大勢。被害者の確認に時間がかかりそうなほどだ。
「落ち着いて、速やかに手当てを行いなさい。我々ワン・モアもお手伝いいたします故に、安心してください」
鉄仮面はそう言って、瓦礫の山の下に待機していた直属の部下に指示を出す。
「……ボス」
「なんだ。私もこれから下に降りて手伝わねばならん」
ワン・モアの頭領モナクは降りようとする。降りようとするボスを手伝うことなく見ているだけの男。先ほど矢からモナクを守った男。
「ボス、重要なことです」
やけに渋く、力の強い声。誰もが最初きけばビビるような声色。
「そこで話したらどうだ!」
「ちらりと見ただけですが……改造少女らしき人物を発見しました」
「なんだと!? 私に向かって矢を放ったあの女か!」
「彼女ではありません。改造少女は暴れまくっていたのがいたでしょう? ソイツです」
改造少女という単語を聞いた途端に、モナクの顔色が変わる。鉄仮面で見えないが、変わっている。怒りが血の巡りを良くしている。沸騰しそうなほどに。
「この矢……どうしますか?」
「捨て置け。どうでもよい」
言われた通りに男は手に持っていた矢を捨て去る。少しずれたサングラスをかけ直し、モナクに続いて瓦礫の山を降りた。
「ギオーナ……民衆を落ち着かせた後、ゆっくり話をしよう。その、改造少女についてだ。いいな?」
「わかりました」
短髪サングラスで長身のやけにガタイのイイ、筋骨隆々のマッチョマン。それがギオーナ・ドゥームジアだ。
「……まさか、来るなんてな」
ひとり呟き、敵が逃げ去った方角を眺める。追撃はしない。できるだけの戦力がこの場にない。ワン・モア本隊が合流してくれればしたのに、と心の中でため息をつく。
6、
ワン・モアの集会を襲撃してすでに2時間が経過した。
エイトは今、アンチ・クランという組織のアジトに邪魔している。
「……助かったのは8名中6名。これだけの被害で抑えられたのは、エイトが暴れ散らしてくれたおかげだ。ありがとう」
「礼はいいよ。水と食料、できれば移動手段としてバイクとかない?」
「……提供するさ。できる限りな」
ワン・モアが集会を開いていた場所から走って1時間の場所に、アンチ・クランのアジトはあった。
小さな教会跡。そこにアンチ・クランは住み着いていた。街のはずれにあるため、人目につきにくい。パッと見はただの壊れかけの教会でしかない。アジトにするには少し心許ないというか、他に場所もないために妥協したらしい。
そして二人はぼろいテーブルに向かい合って、ぼろいパイプ椅子に座っている。
「大盤振る舞いを期待してるよ……ごめん、名前なんだっけ?」
「ハリスだ。ハリス・カナエラ。期待されても私達の組織も貧困に苦しんでるわけで、そんな贅沢なお礼は申し訳ないけどできない」
その言葉を聞いて、エイトは着く組織を間違えたかと後悔する。ワン・モアのほうならと考えてしまう。
「そんな私達が言えることじゃないんだけどさ、また頼みたいことがあるんだ」
「……報酬がしょぼくれてるんでしょ。やらないよ」
「ワン・モアの壊滅作戦に協力してくれないか?」
ぴくりとエイトは反応する。ハリスは続ける。
「今は君に報酬を支払ってもたかが知れてる。でもワン・モアは支配者だ。民衆から物資を摂取してるに違いない。その物資を、君にも提供する。それでどう?」
「……ふぅん、どのくらい?」
「……どのくらい欲しい?」
「押収した物資の三割は持っていきたいね。これでもかなり欲を抑えたほうだけど」
「強欲だね……でも君は作戦にもってこいの人材だからね。構わない、持っていってくれ」
非常にあっさり要求が通ったことに、エイトは驚いた。まさか通るとは思っていなかったからだ。
「よくそんなに提供してくれるね。赤の他人にさ」
「助けてくれた恩人には尽くすさ。それに、私達アンチ・クランはワン・モア撃滅のための組織だから。回収した物資は民衆に配る予定だった」
「……へぇ」
いわゆる義賊のつもりなのだろう。そしてアンチ・クランにとってワン・モアこそが悪の組織。倒すべき敵なのだ。
「で、我々アンチ・クランに協力してくれる?」
エイトは少し考える。労働に見合う対価、その辺のことを何となく、それなりに。
そして結論が浮かび上がる。
「お断りだね」
「……何故?」
「ワン・モアっつーのに恨みなんてないし、一組織を壊滅させてまで貰う報酬がちょっとイマイチな感じがするんだよね。さっきのお礼だけでいいから」
「……ワン・モアはあっちゃいけない組織なんだ」
「関係ないよ。この街に長居するつもりないし。長居をしなければ影響なんてないし」
「アンチ・クランのためじゃない。この街の人々のためなんだ」
「関係ないってば。しつこいよ?」
他人のために何かをするという行いは愚かなこと。エイトはそう思っている。自分自身の平穏のために生きるのが普通なのだ。
「……わかった。さっき助けてもらった分のお礼はする。バイクとか移動手段は提供できないけれど、勘弁してくれ」
「ありがと」
「それと、しばらくこの街に滞在するつもりかい?」
「うーん、どうしようか迷ってるとこ。次の目的地が決まるまではいるかも」
「なら、ここを君の拠点にしてくれていいよ。バイクとか提供できないせめてもの償いさ」
「いいの? なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「なら、決まりだ。しばらくよろしく」
ハリスはエイトに握手を求め、エイトはそれに応じる。お互いに、含みのある笑顔をしながら。
「よろしく……エイト」
「こちらこそですよぉ……ハリス・カナエラさん」
「ハリスでいいよ。女同士、友達さ」
友達。言葉だけは知っている。エイトは作ったことはない、作りつもりもない。大して役に立つものでもないと、そう思っている。
それでも表向きは仲良くしておこう、友達ということにしておこうと判断する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます