改造少女は靡かない
8、
改造少女。それがエイトの正体。
「さすがに、パンチの威力を五分にされるとはな」
「舐めてんじゃないっすよぉ。改造少女だってわかってんならもうちっとマジになんなきゃでしょお」
大人と子供の身長差。しかし腕力は互角。お互いに拳を打ちつけあってしっかりと把握した。元軍人と現役改造少女。
「俺だって元々は軍隊の人間だったんだがね。いや、舐めてかかっていたわけではないがね。やはり恐ろしいな」
ひりひりと痛む手を振りながら、ギオーナはエイトの出方をうかがう。
「そりゃ戦闘用に改造されましたしぃ……八番手ですがねぇ」
「八番手などと……改造少女に数字での優劣はないだろう?」
「よくご存じで」
「昔遭遇してな。あれは恐ろしかった」
エイトは武器を持っていない。あるのは肉体のみだ。
対してギオーナは何かしら隠し持っている様子。クロスボウなどの飛び道具は見当たらないが、服の中にナイフくらいはあっても何もおかしくない。
「少女の姿をしているとやりにくいが……まぁこれくらいはハンデとして認められるだろう?」
ギオーナはポケットからメリケンサックを取り出し、両手につける。腕力がどう描くならこれで威力は上回れる。
「ハンデって、そちらも強いじゃないですかぁ。わかってんですよぉさっきの一撃で」
「買い被りだ、怪物。俺は人間なんだよ」
ギオーナは一気に間を詰め、エイトの顔面に右ストレートを打ち込む。
鼻の肉と骨が砕ける音。エイト自身も耳にする。
「ガフゥ……にひっ!」
エイトはまるで悶えることなく、ギオーナの右腕を握りつぶすほどの力で掴む。
このまま骨を砕く。その意志を感じたギオーナはエイトの身体を蹴り飛ばした。
「ぎゃうっ!?」
全身の力を込めたキック。衝撃でエイトはギオーナの右腕から手を離してしまう。
しかし尻餅はつかない。ただよろめいただけだ。
「……メリケンくらいじゃ、分が悪すぎるか」
ギオーナは呟く。右腕の異様な激痛。放される時に筋肉をもぎ取られるかと思った。
「はふぅ、さしゅが。デスネ!」
鼻を潰された痛みを感じていないのか、エイトはにこやかに笑って見せる。
「気持ちよかったでしゅよぉ……今のパンチはよかったなぁ」
「気持ち悪いことを……」
心から、ギオーナはそう思った。鼻が潰されて笑っていられるなんて薄気味が悪いなんてものではない。
「もう、邪魔だねぇ」
エイトは着ていたローブを脱ぎ棄てる。胸にさらしを巻いて、下は丈の短いスカートという風貌。目のやり場に困る姿となる。
「……一応、女の子なのだろう?」
「動きやすさ重視さ。こんなところで洒落た服なんてないでしょう?」
お互いに武器は拳。必然的に至近距離にならざるを得ない。
エイトが接近するのをギオーナは見切る。見切ったうえで受けて立つ。
そして、メリケンサックを外した。有効打にならないならいらないと、切り捨てる。
「アチョウ!」
笑いながら、ふざけながら繰り出した貫手。しかし威力は馬鹿にできないとギオーナは瞬時に判断する。
貫手を左手でいなし、エイトの顔面を大きな手で掴む。
「ぐご?」
少女の顔を、容赦なく潰すほどに力を込める。
そしてギオーナは左手でボディブローをエイトに直撃させる。
「げぇ!」
顔面を掴まれ、後ろにのけぞることもできない。ギオーナは続けて二発、三発と殴っていく。
しかしエイトもやられっぱなしではなく、腹を殴られながらも顔を掴むギオーナの手を剥がそうとする。
ギオーナの右手の人差し指をへし折る。
「ぐう……」
さすがに力が抜け、エイトの顔から手を離してしまうギオーナ。
「改造少女……ためらいがないな」
「女の子を容赦なく苛めてくるあなたってイヤーンな感じするぅ」
エイトの顔は血まみれ。鼻の辺りの出血がひどい。
対してギオーナは右手人差し指を骨折させられている。
お互いに痛い思いをしているはずなのに、戦いを辞めるつもりはなかった。
「そろそろこちらも痛手を与えないと、苦戦しちゃってるってぇかもしれないなぁ。あぁそれもいいけれどなぁ、悩みどころだね」
「こちらとしては苦戦していてもらってほしいがね。君のような怪物は、ボスでなくても危険と思うよ」
エイトが鼻が潰れたことを気にしないように、ギオーナも指を気にしない。
ギオーナはエイトの顔面狙って左フック。エイトはそれを喰らい、よろめく。
「なは、やり返しだもん」
ギオーナにボディブローをかます。しかしギオーナの腹筋は鋼のようで、有効打とは言えなかった。
だからエイトはギオーナの顎を狙った。アッパーカットだ。
しかしギオーナは余裕を持って顎への直撃を回避する。
「鍛え方が違う。改造によって得た力ではないのだ」
「身体の構造が違うもん。鍛えて得るより楽だった」
無意味な張合い。だが両者とも嘘はついていない。
ギオーナはボディに何発も拳をぶち込んでいる。骨を何本か折った感触も確かにあった。
それなのにエイトはぴんぴんしている。自身のダメージを苦にしていないのか、痛みを感じていないのか、どうなのかはギオーナにもよくわからない。
ギオーナは右手が万全ではない。それでエイトという奇妙な怪物とやりあわねばならない。メリケンサックを拾っても左手にしかつけられない。
だから次の手段をとる。
「おぉ……大人げないじゃんよぉ」
ギオーナが取り出したのは、サバイバルナイフ。明らかな凶器。
だが、エイトは怯みもしない。
「すぅ……」
呼吸を整え、ギオーナはナイフを突きだす。
間合いは充分。刃の届く範囲。確実に当たる距離。
「危ないなぁ!」
エイトは胸部へと向かってくるナイフの刃を右腕で受け止める。腕にナイフを突き刺して、強引に止める。
「はッ!」
ギオーナは止まることなく、エイトの右腕から強引にナイフを引き抜く。
引き抜いた際にエイトの血肉も一緒に飛び出してくる。
血ごと切り裂くかのように、ナイフを横に振るう。
エイトの右腕の皮膚をばっさりと切り裂いた。
「いひひ、こんだけかぁ?」
エイトは余裕そうに笑い続けていた。
その笑いを刈り取るために、ギオーナはナイフをエイトの脇腹に突き立てる。
完全にガードの外。エイトは刃を受け入れるしかなかった。
「……改造少女を侮っていたわけではない」
エイトの脇腹からナイフを引き抜く。
血が溢れるように流れる。
もうエイトは血みどろで、巻いているさらしも真っ赤になっていた。
「俺自身が……驕りが過ぎた」
エイトは左腕でギオーナに殴りかかる。体重を乗せての、全力で。
ギオーナはエイトの拳を受け流し、エイトを地面に叩き伏せる。
「こんなでは、ボスは怒るだろうな」
エイトを組み伏せ、身動きを封じるギオーナ。
エイトは全身に力を込めて抵抗する。笑いながら。無理に力を込めて、骨が何本も折ってしまう。それでも動きは封じられたまま。
「あハハハハハ! なんじゃあそれ!」
「怪力だけでも、充分に脅威だな」
改造少女エイト。まぎれもなく人類の脅威。
今すぐにでも始末しなければならないと思っているが、上司には逆らえない。
「もう鼻は……治っているのか」
エイトの顔面をみる。そして驚愕する。
完全に叩き潰した鼻っ柱が治っていた。先ほどまでは顔面が平面に近くなっていたのに、凹凸が戻っている。
「……怪物にしても質の悪いことだ」
全身の出血が止まっている。傷口も塞がりかけている。この分だと骨折もどんどん治っていっているのだろう。
「ブアッハッハッハ! バキバキボキボキ音楽祭だぜェ! イエイ、盛り上がりなよホラさぁ!」
奇妙なテンションのエイトは、この状況を楽しんでいるようにみえる。幾度となく無理に力を込めて骨を折る。それが楽しいらしい。
「イカレてるな」
「こんな世の中さぁ、狂ってた方がいくらか楽しいんですぜぇ」
ギオーナの仕事は改造少女の連行である。捕縛までは完了した。あとは連れていくだけ。
しかしどうやって連れていくかが問題だ。手錠は持っているが、引き千切る可能性がある。ガチガチに指一本動かせないほどに拘束しないと、エイトは暴れるだろう。今でさえ暴れようとしているのだから間違いない。
そこで、気絶させることにした。改造少女が睡眠をとることは知っている。ということは意識を失えるという事だ。
しかし、絞め技に移行できる姿勢じゃなかった。なので顎を使っての脳震盪を採用する。
そして相手は改造人間。気絶させるのにも手加減はしない。どのくらいの力で気絶するのかもわからないのだから、全力でやる。
一瞬、エイトへの拘束を解く。エイトはすぐさま動き出しそうになるが、ギオーナはエイトの後頭部を抑え、そのまま硬いコンクリートの地面に叩きつけた。
「ガヒッ……!?」
顎を強打させ、意識を飛ばす。そしてすぐに絞め技へと移行し、完全に意識を失わせる。
二段構えで行った。それでもギオーナは起き出すんじゃないか心配だった。
しかし杞憂。エイトは意識を失っているようだった。それでもすぐに連絡をして、増援を読んだ。気絶しているうちに本部へ運ばねばならない。
これだけ苦労したのだから、水の泡にするのは最低だ。
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