口論は白熱し、激論へと
25、
一時的な隠れ家に、エイトとオルトンは案内される。その一時的な隠れ家というのは、教会から少し離れた場所にある倉庫跡だった。そこをハリスは隠れ家としていた。
何の倉庫だったのかよくわからない。ドラム缶が散乱して、その中に何かの液体が入っている。割と不快な臭いが、倉庫内に充満している。まるで排ガスのような、嫌な臭い。
ハリスは慣れてしまっているようだが、この身体に悪そうな臭いにオルトンは少しは吐気を催しそうになっていた。エイトは平気そうに、その辺のドラム缶を見て回っていた。
「ここまでは、アイツらも探しには来ないはずだから。ゆっくりと奴らが去るのを待とう」
「そういう統計でもあるんですんのォ?」
「奴らの行動パターンは大体把握してるんだよ。私達は奴らを潰すんだから、当たり前の努力はしてるつもり」
「そっかぁ、そりゃとんでもない失礼なことを口走っちゃったわけだねぇ」
「アンタの言う事に、いちいち腹立ててたらきりがない」
ドラム缶だらけの倉庫内。特に遊び道具もなければ暇つぶしになるような物すらない。
「武器は、置いてあるんです?」
オルトンが気になったこと。武器の有無は重要なことだ。もしもの時のために知っておく必要がある。
「あぁ。もちろんある。クロスボウが2丁に、ショットガンが1丁。撃てるかどうかわからないくらいボロイ拳銃も1丁ある。ナイフもそれなりにあるはず。しばらく使ってないから、錆びついてなければいいけど……」
「ここぞって時に使えなかったら困りますよ。点検しましょう」
「オルトンの言う通りだね。困った状況になったら確かにやばい。こっちにある」
ハリスは倉庫の奥にあったドラム缶の1つから、ガチャガチャと取り出していく。先ほど言った通りの武器を隠してあったのだ。
地面にずらりと並べると、人殺しの道具だけあってかなり威圧感がある。
「ショットガンなんて、結構珍しいもん持ってんじゃんねぇ? 弾丸もあるっての?」
「そりゃあるよ。エイト、何のためのショットガンだと思ってるんだ」
このご時世に、銃火器はかなり有効な武器だ。しかし弾丸は貴重品であり、よいそれと使っていいものでもなく、見つかるものでもない。
「パーツの錆びつきだけなければ使えると思うから、オルトンだってわかるでしょう?」
「ショットガンとか、銃器火器とか、そういうのには詳しくないですからね。クロスボウに異常はありませんでしたけど、矢はどこですか?」
「それならこっち。鉄の矢だから、これは別に錆びてても問題ない。刺さればいい」
使えそうな物。使える物をチェックしていく、根気のいる作業。ボロイ拳銃は撃てるかどうかすらよくわからず、弾丸を込めて暴発させるのも怖いので、放っておいた。
オルトンとハリスが武器の点検をしている間、エイトは暇そうにそれを眺めていた。馴染み深い武器だが、使った経験はあまりないから手伝おうにも手伝えない。手伝う気はさらさらないのだが。
「エイト、暇してるんだったら2階を見てきてくれ。何もないだろうけど、誰か住み着いていたりしたら嫌だからね。探検ついでにどう?」
「うー、いいよ。やることないし、まぁ暇つぶしに丁度いいのかもね」
そう言って、エイトは2階へと続く階段を昇っていく。すでに錆びついた鉄製の階段を臆することなく昇っていった。
これはハリスの方便というか、エイトを払いオルトンと2人になるための言い訳だった。
「さてオルトン、ちょっとお喋りでもしよう」
「……はい」
「別に怒ってなんかいない。さっきは怒っちゃったけど、今は別にそうでもない。だから気を楽にして良いよ」
オルトンはクロスボウの点検を繰り返しつつ、話をする。決してハリスの顔を見ようとしなかった。ハリスはオルトンの顔をジッと見ていた。
「オルトン、君はエイトに人間性があるって……そう信じてるんだね?」
「さっきも言いましたけど、それは絶対に譲りませんよ? たとえハリスさんでも、これだけは譲れません」
「それなら、どうしようもないんだ。どうしても、私とはわかりあえないってことになる」
ハリスはクロスボウを弄り続けるオルトンの手を掴む。強い力ではなく、ただ手を止めるためだけに。
「エイトに人間性なんてありはしない。君の幻想だ。それを認めないって言うのなら、君はとても危険な存在だと、私は思う」
「危険な存在ですって? なんで俺なんかがそんなこと言われなくちゃいけないんですか。危険なんてありはしません。俺も、エイトも。正しい人間になれるんですよ」
「それが危険なんだって、わからない? 改造少女は人殺しの道具なんだよ。戦闘のためだけに動いて、戦闘をするためだけに人の言うことを聞く、そんな道具みたいな怪物なんだ」
「エイトは道具なんかじゃありませんよ。彼女は身体はそうじゃないにしても、心まで怪物になってしまったわけではありません。人を助けるような行為をする子ですよ」
「あれはエイトの気分がそういうことをさせただけに過ぎない。誰からも命令を受けていないから、戦うことに飢えてただけ。それが使命だから」
「でも人を助けたって、それは間違いじゃないでしょう? 気分でやったって言いましたよね。それはエイトっていう人間の気持ちだって、認めてください」
ハリスはオルトンの手を、強く握る。あまりの強さにオルトンは顔をしかめるが、ハリスは気に留めなかった。緩めるつもりもないのだ。
「……痛いんですけど」
「どうしてもエイトを庇うように喋くって、まったくもう嫌になってくる。アイツは人間なんかとは、精神的にも身体的にも程遠い位置にいる別種生物なの。アイツは悪魔に近い怪物なの」
「そんなこと……!」
「ないって言うんでしょう。もうこれだけ話せばすべてが分かる。オルトンの気持ちはよくわかった。君はもう、私と一緒にはいけないって、そう覚悟しておいて」
力を込めていた手を乱暴に放す。オルトンの手に持っていたクロスボウが地面に落っこちる。しかし今は2人とも気に留めない。
「それって、まさか俺を敵だって、そう見られるってことですか?」
「そう。私はもう君とは一緒にいたくない。改造少女を庇うようなヤツが、同じ組織にいてほしくないの。改造少女だけでも嫌なのに……なんで!」
仲間を追放する。人を殺すことと同じ位に、ハリスが忌避すること。つい最近まで仲良く協力して、色々やり遂げようと頑張って、ついに立ち上がるチャンスのこの時に。
できる事なら追放なんてしたくない。しかしもう、これだけは譲れない。改造少女には人間性なんてなくて、ただ命令を聴いて人を殺す怪物。それ以上でもそれ以下でもない。
「俺は、敵ですか……わかりました」
ハリスを怒りに陥れたのは自分。自覚はあった。ハリスに対してずいぶんと失礼なことを言った。怒らせる要因はすべてやったと言ってもいい。
だがそれはエイトを人間だと認めさせたかったから、それだけ。それだけのために、オルトンはハリスに挑んだのだ。
認めてもらえると信じていた。ハリスのやさしさに甘えたかった。
それはオルトンの身勝手な願望でしかなかった。叶わぬ夢と知るのが、ハリスを怒らせてからようやく気が付いた。
「敵ってことは、ハリスさんはここで俺を殺すんですか?」
「敵だからって……殺しはしない。君を殺しても、不快感が残るだけでしょ」
「殺さないなんて、そんなこと言える立場だと思ってるんですか?」
「は……?」
「あなたはアンチ・クランのリーダーでしょう。なら率先して追放した者は口封じとして殺すべきじゃありませんか? 俺、ワン・モアに色々タレこみできますからね」
オルトンは作戦の内容を知ってしまっている。このまま野放しにするのは確かに危険なのだ。オルトンが自らの保身のために、ワン・モアに寝返る可能性だってあるのだ。
「寝返るつもりは、あるの?」
「あると言ったら、どうしますか? 自分で殺しますか? 俺と同じで、ハリスさんも人殺しは嫌いなんですよね。エイトが言うには大したことじゃないらしいっす」
寝返るというのなら、殺すしか方法はない。オルトンだって、それなりに鍛錬を積んではいる。自虐しているが、弱くはない。圧倒的強さってほどでもないが。
オルトンは自らを拘束されるほどの、隙は見せてはくれないだろう。ちなみに拘束するための道具も見当たらない。ここで逃げ出されれば、殺す以外に道はない。
「エイト! 戻ってきて!」
ハリスの叫び。2階にまで響いて聞こえた。そしてエイトは階段を二段飛ばしで降りてくる。
「呼ばれて降りてきましてよん。喧嘩は終わったのかなぁ?」
「……オルトンを、気絶させてちょうだい」
エイトとオルトンには、圧倒的な実力差がある。オルトンを無力化させることなど、エイトには非常に容易い。鉛筆をへし折るよりも、簡単なことだ。
「うーん、ちょっと嫌かなぁ」
「何? 命令が聴けないの?」
予想外の返答。改造少女は命令に従うように教育を施されているはず。だから逆らったりすることは決してないはずなのだ。
そして今、エイトに命令する権利があるのはハリスが唯一だ。そうハリスは思っていた。
「……オルトン君に危害を加えるつもりはないよ」
「気絶させなさい。私とした約束を忘れていないんでしょう!」
「うん、忘れてなんかないよ。ワン・モアの構成員の皆殺し、それと物資の提供。それだけだよね。別にハリスに従いますなんて、言ってないじゃん」
「オルトンを気絶させなさい。でないと、約束はなかったことになる」
「そーきますか」
エイトにとって、人殺しは数少ない趣味の1つ。戦争が終わってその趣味もしにくくなってきて、参加しても小ぢんまりとしたイザコザ程度ですぐ終わってしまう。故にテンションの上がる回数が減ってきていた。
だから今回のハリスから提示された約束は魅力的なのだ。割と長く楽しめるであろう戦い。見逃したくない祭り。
「どうする?」
エイトは、こんな条件で主導権を握りたくはなかった。できれば今すぐにでも約束を破棄したいが、作戦のために必要なのだ。
つまり、かなり綱渡りな状況である。落っこちれば、すべてが水泡となる。
改造少女の性格を把握して、得た主導権のはずだったのに、まさかそれが揺らぐとは思っていなかった。魅力的な約束を提示すれば、指示を聞いてくれると思っていたのに。
それがまさか、聞いてくれないとは、思わなかった。
約束だけが、2人と繋ぎ止めて。約束こそが、ハリスの切り札になっている。
「エイト……俺を気絶させろ」
ここでオルトンが口を開く。そして奇妙なことを口走る。
「俺が気絶しておけば、とりあえすエイトとハリスさんは繋がりを保てる。俺が気絶せずに、エイトがそのまま放っておいたら、ワン・モア壊滅作戦の根本が崩れる。何もかもを、ここで駄目にすることはない。俺とハリスさんの個人的な喧嘩程度で」
オルトンの言ったことは、至極ごもっともなこと。反論のしようはない。
「さ、やってくれエイト。人を気絶させる方法は、わかるか?」
「まぁ、オルトン君がやれって言うのなら……ホレッ」
ドゴッという、腹を殴る重い打撃音。オルトンは痛みを感じる間もなく、意識を飛ばした。
「……ご苦労、エイト。そこらへんで、休んでくれていい。もう少ししたら、ここを出る」
「ハリスゥ、約束は守ってもらうからね。オルトン君が言うから、とりあえずやっただけ」
あからさまに不機嫌なエイト。改造少女にしてはとても違和感のある表情をしていたのを、ハリスは見逃さない。
今ので不機嫌になる要素はないはずなのに、エイトは何ゆえに不機嫌になっているのか。ハリスには全く分からない。改造少女という存在を知っているからこそ、わからない。
エイトは不機嫌なまま、2階へと戻っていった。
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