遭遇、誰にも会いたくないのに

気絶したオルトンを横にさせて、ハリスは時間が経つのを待つ。ワン・モアの連中がアジトから離れるまで、じっくりと慎重に待つのだ。

 そして4時間後。

 もういいだろうと、判断したハリスはオルトンを揺さぶって目覚めを促す。

「起きて、オルトン。そろそろいいかも」

「……ッく、腹が痛いな」

 オルトンはエイトに殴られた腹をさすりながら、周りを見回す。特に何も変わっていないことを確認して、疑問をハリスに投げかけた。

「……どうして、起こしたんですか? 俺はもう、ハリスさんの敵なんでしょう?」

「……君が私に謝ったり、意思を変えてくれればいいんだけど」

「変えませんよ。何度だって俺は言い続けますから」

「……敵だからって殺すだけじゃない。傍に置いておく。逃げられないようにね」

 オルトンの性格からして、本気でワン・モアに情報を流すとは考えにくい。オルトンは結構義理堅い性格をしているはず、とハリスは思っていた。

「とりあえず、もうアジトに戻る。そろそろ日も暮れる時間帯だ。奴らも街のほうに帰った頃合いだろうから」

 ワン・モアの捜索は今まで何度か経験してきた。だからこそ、夜までこの辺の無人地帯を捜索していたという記録はない。だからもう安全では、と考える。

「エイトを呼んで。すぐにみんなを集めて、すぐにアジトに戻る」

 今はアンチ・クランのメンバーは散り散りに逃げている。しかしハリスは全員が潜伏している場所を知っている。また教会跡に集まる場合は、ハリスが直々に呼びにいかなくてはならない。

 信号弾や音を鳴らすのは、少々危険が伴う。ワン・モアに位置を知らせてしまうかもしれないからやらないのだ。

 普段からこそこそと活動している故に、手間のかかることが多い。

 26、

 夕暮れというには、もう空は黒に染まり始めている。赤色がじわじわとくすんでいく空。

 日はすでに落ちているから、星が輝き始めるのもすぐだ。

 無人の建物が立ち並び、瓦礫の山と化している家屋も度々見受けられる。昼間なら何もないと思えるが、暗がりではそこそこの心理的な恐怖を演出してくる。

 肌をなでる冷たい風。草木もない、命の鼓動がないコンクリートの残骸、街を飲み込んでいる。人が住まないコンクリートの大地は、もう風化しきっていた。

 エイト、オルトン、ハリスは目がもう慣れている。昼間と同じように見える訳ではないが、石ころに躓いて転んでしまうほど、道が見えないわけでもない。

 すたすたと、3人は無言で歩みを進めていた。

 喋ることなど何もない。喋るつもりも毛頭ない。誰も口を開く理由はないのだ。

 エイトはいつまでも不機嫌で、オルトンはハリスに警戒心を抱いている。ハリスも周りを注意しながら歩くので一杯だ。

 数分くらい歩いて、エイトがようやく喋り出す。

「まーだーなーのー!?」

「もう少し。静かにしててもらえる?」

 皆、慎重だからこそバラバラに隠れ、息を潜めている。隠れている場所を把握しているから良いが、把握していなかったら見つけ出すのにどれくらいかかるのかわからない。

 隠れる場所は皆事前に決めている。そして皆で隠れる場所を発表して、充分かどうか審査している。だからそう簡単にばれるような所には隠れていない。

「つーまーんなーい」

「静かにしててって、言ったでしょう?」

 幼児のように駄々をこねるエイトを宥められない。オルトンならできそうだが、特にするつもりはなさそうだった。ハリスとしてはしてほしいのだが、絶賛喧嘩中であるが故に頼みにくいことこの上ない。

 暗闇では、視界はほぼない。目は役に立ちにくい。全く役に立たないというわけではないが、それよりも役に立つ器官が存在する。

 耳と鼻。聴覚に嗅覚だ。それが暗闇で真価を発揮する。人の気配を感じ取るのに、とても役に立つ。

 ハリスは耳を澄ませ、周囲の音をしっかりと聴いていた。物音ひとつ聞き逃さないように、神経を集中させていた。味方の音か、別の音かを判別しなければならないからだ。

 しかし、エイトがうるさくていけない。

 さっきからウダウダと文句ばかり垂れている。おかげで全く周囲の音が聞こえないのだ。

 エイトも、ハリスの注意には聴く耳を持たないようで、もうがんじがらめ。

 そしてしばらく歩いて、ハリスは前方の異変に気が付く。

「……止まって」

 気が付くのが遅れた。人がいた。暗がりで見えにくかったから、エイトのせいで音が聞こえなかったから。ハリスは心の中で言い訳をしていくが、事実は変わらない。

 自分が至らなかったから、誰かと遭遇するようなことになってしまった。ハリスはそう考える。エイトが騒いでいたからなんて、理由にならないと自分を叱る。

 そして、前方にいる人間が味方ではないと、すぐにわかった。

 ライトを持っている。味方の中にもライトを持っている者は大勢いる。しかしハリスの記憶している限り、ライトの形状と光が誰のとも一致しない。

 そしてそのライトの光は、ハリス達3人を照らし始める。気が付かれている。

「お……お前たちはッ!?」

 ライトの主の顔は、よく見えない。姿は辛うじて見えた。軍服は着ておらず、粗末なシャツとズタズタな布きれのようなズボンを着用している。

 民間人であると、ハリスは断定する。ワン・モアの構成員なら間違いなく軍服を着ているはずだからだ。ワン・モアはそういう規則を作っている。

「アンチ・クランの奴らなの……!?」

 女性の声。もう歳を重ねた女。おばさんという年齢であるとわかる若さのない声。

「……だとしたら、なんでしょうか?」

 ハリスはできるだけ、相手と距離を詰めていく。相手に警戒されないように、にこやかな表情を心がけて。しかし、どうしてもわざとらしくなってしまう。

「息子の……ッ!」

 女性のボルテージは、きっとハリスが何もしなくても上昇していくだろう。ハリス達の姿を見た時点で、女性の感情はほぼひとつに固定されているからだ。

 その感情は、まさしく炎である。そして、燃料は心そのもの。永久機関ともいえる負の感情の名は、怒りだ。

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