ワン・モアと人々
24、
奇想天外に奇奇怪怪な行動をするのが、改造少女エイト。危機を伝える役割を担ったがはいいのだが、教会内の連中はポカンとしていた。
「あれあれー、逃げないの? もしかして迎え撃とうとでもしてるつもりなのかなぁ? 民間人も動員しての捜索ってオルトン君は言ってたんだけどさぁ、民間人相手でも容赦なくクロスボウ持って撃って、よければ捕まえて拷問とかするわけですかぁ?」
呆然としているアンチ・クランのメンバー。ハリスが口を開くまで誰も声を発さなかった。
「それは本当なの? オルトン、君が見たんだね?」
「あ……はい。確かに目視で確認しました。20人くらいの規模で、何名かがワン・モアの正規構成員でした」
「なら、すぐに姿を消さなくては。今、誰も捕まるわけにはいかない。捕まったとしても、決して情報を吐かないこと。吐くくらいなら……わかってるね?」
全員が同意する。男も女も関係なく、組織の危機を招くようなことをしてはならない。
舌を噛みちぎる。奥歯の裏に隠している毒薬を飲む。自らナイフ等の武器で頭を壊す。
とにかく、情報を喋ってしまいそうになる状況になったら、どんな方法でもいいから命を絶ち切れ。そういうことだ。
捕まったとしたらの話をすると、組織のために死を強要せざるをえない。ハリスにとっては言いたくもないことだった。
「全員、散開。エイト、オルトンは私と一緒に来て」
他の構成員は全員、潜伏するための場所を複数個所決めている。そのうちのどれかに身を隠しに行くのだ。エイトには身を隠す場所が場所が決められていない。だからハリスがともに連れていく。
「俺もですか!?」
「エイトと一緒がいいんでしょ? 来なよ」
オルトンの返答を待たずに、ハリスは逃げの準備を急ぐ連中に声をかける。
「全員、また会おう」
その言葉を最後に、アンチ・クランのメンバーは走って外に飛び出していく。各々別々の方向に逃げていき、身を隠すのだ。ある者は一般人を装ったり、ある者は浮浪者に変装したり。ただそこら辺にある空き家に隠れるという、単純明快な者もいる。三者三様だ。
「私の隠れ家は割と教会から近い。敵はまだ、遠いんだろ?」
「はい。ここにくるまで後10分かかるかどうかってところです」
「それなら、余裕で身を隠せる。エイト、大人しくしていてね」
「はーいよ」
太陽はもう真上から少し傾き始めている。もう午後になる時間帯。
そんな時間にぞろぞろと歩いてくる民間人とワン・モア構成員。構成員は昼食を食べていないようで、平常時よりも歩みが遅い。民間人のほうは食べないことに慣れているため、構成員よりも歩みが早かった。
「あの教会から調べてくれ。隠れてこそこそするには、丁度いい広さだ。秘密基地にはもってこいだろう」
民間人に指示を出すのは、ギオーナである。この捜索を立案した張本人であり、捜索隊を指揮しているのだ。
民間人。怯えながら教会内へと忍び入っていく。男性女性、関係なく働かせる。それがワン・モア。反抗すればロクな目には合わない。そう身体が覚え込んでいる連中。
まさに飼いならされた犬。主人には絶対服従の、ほんの少しだけ賢しい犬。とても便利でいい。ギオーナはそう思っていた。
日々を怯えて過ごすネズミのような連中だったが、しっかりと暴力や権力を振りかざして教養を与えてやれば、従順な犬くらいにはなる。使い道ができる。
しかし同時に、別の何かの卵を、心に産みつけているような気がしないでもない。
「ギオーナさん、申し訳ありません。今回の捜索作戦……皆、モナク様が使われるとのことでしたので、手配が至らず」
ギオーナに話しかけてくる、構成員の男。ギオーナが人材調達を頼んだ男だ。
「かまわん。民間人でも使いようだ。ほら、あんなに怯えながらドアを開ける姿なんて滑稽だと思わないか?」
「は……思います」
「奴らはワン・モアのために働いてくれる。ワン・モアへの忠誠心を我々に見せたいがために、あんな滑稽で哀れな姿を晒しながらも、我々のために働くのだ。何故だか、わかるか?」
「……えっと、構成員になるため……でしょうか?」
「まぁ、正解だ。だが、まだ足りていない。補足が必要だな」
ギオーナは民間人どもの働きぶりを見ながら、そこらにある丁度いい瓦礫をイスに見立てて座った。
「構成員になりたがっている。それは間違いない。構成員になれば、この街で怯えて生活することもなくなるからな。恐怖から解放される。まぁ魅力的だ。だが、奴らはそのためだけに構成員になりたがっているのではないぞ?」
「……と、言いますと……?」
「この街で権力を振りかざすためだ。ワン・モアの力にあやかりたいのだ。そして、他の人々に恐怖を与える側になる。元々同類だった連中に恐怖を与える。それを目指してあんなことをコツコツとしているのだ」
民間人の声が聞こえる。何も見つからないとか、ここにあるかもしれないとか、仕事を頑張っている様子が聞こえる。
「何とも、愚かしいことだと思うね。こんな時代だから仕方がないと考えるべきなのだろうがな。きっと奴らはワン・モアの構成員になったら、人が変わるぞ。元仲間の奴らにも容赦せず恐怖を与え、怯えさせるだろうよ。力のない人間は、力を得ると天狗になる。悪魔だって震えるほどに、残酷になるからな」
「疑問なのですが、人間はそこまで悪魔のような存在になるのでしょうか……?」
「なる。現にワン・モアの構成員の一部が、民間人を苛めていると聞いている。恐怖で街を縛り付けているのだから、やっておかねばならぬことだ。だが、民間人だって黙っていない。我々の軍事力を冷静に見ているから暴動は起こさない。だから、力にあやかろうとする。そしてまた新人の構成員が生まれるんだ。そして今までされたことを、他の人々にするようになる」
もはや街中の人々がワン・モアの構成員になる日も遠くない。ハリスはそう予想していた。圧倒的過ぎる軍事力は、人々を引き付けるのだ。
「ギオーナさんは、もしかして今のワン・モアの現状がお嫌いですか?」
「……上に報告でもするのか?」
「私は……嫌いです。私は家族に楽をさせるために構成員になりました。家族のためを思ってなったはずなのに……。それなのに、家族が周囲の人々に当たり散らすようになってしまって……。まさしく悪魔のように、恐怖を与える側になってしまっています」
虎の威を借る狐。この男の家族がその状態。身内の権力を家族が利用しているのだ。
「こんなことなら、構成員になんかって思ったんですけど。それじゃ、また怯えるだけの生活になるし。今辞めたら、周囲の人々からのしっぺ返しが恐ろしくて、止められない状態なんです。ギオーナさんの言う通り、人は悪魔みたいに……疑問なんて持ってませんでした。すみません」
「……いや。家族の事は、大変だな。俺も、ワン・モアの現状はあまり好いていない。報告なんかしないでくれよ?」
「そちらこそ、お願いします」
ギオーナは腰を上げて、民間人が捜索している教会内へと向かった。ギオーナの部下の男はその場で待機を命じられ、その場で待つ。
「我々は、悪魔を育てる仕事をしているのかもな……」
一人、呟き。誰にも聞こえないように、静かに。
教会内部には、何もなかった。人がいた痕跡がないようにみえる。もしかしたら痕跡を消されているだけかもしれないが、探すのは困難だろう。
「ギオーナ様! この教会には誰もいませんでした!」
民間人の一人がそう叫んで知らせる。
「なら次のエリアに移動だ。見つけ出してみせてくれ。報酬は期待してくれていいから」
そう言ってギオーナはアンチ・クランの捜索を続ける。民間人と構成員数名を引き連れて、暗くならないうちに念入りに探すつもりでいた。
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