視察、壊滅、ご挨拶

エイトに連れられてやってきたのは、教会からそう遠くない場所。かつて民家だったであろう廃屋が崩れかけている。もう誰も住んでいないのがわかる住宅街だ。

「教会周辺に待機してろってハリスに。言いつけを守ろうとしてたけれどさ。やっぱりつまんなくて、街に近寄らない程度に散策してたんだけど。あそこのぶっ壊れかけた家、なんとか二階に昇れるから。そこに行こう」

「なんとかって……家の中から二階に昇るのにそんな言葉がいるか?」

「鉄と木と土で建ってるのが人間の家なんでしょ。そのうちの木と土がもう劣化しててね。階段を上るときには気を付けたほうがいいんだ」

 一軒の、民家だったであろう廃屋。もう数十年は誰も手を付けていないことが外見でわかるほど。凄惨。

 その家の中に二人は入る。主がいるとすれば、ドブネズミかよくわからない害虫だろう。

「この家がどうかしたのか?」

「二階の窓から街が少し見える。他の家が崩れかかってるから、見晴らしがちょっと良くなってるんだ。人がいないって、こういう景色を見る時には便利だよねぇ」

 人がいない街。文明など無くなったこの時代に置いて、人のいなくなった街は、徐々にその形を崩れさせていく。崩れていく街に住み続ける物好き以外離れていく。そして余計に崩壊が早まるのだ。誰も住まない家も、街と共に心中していく。

「ここの家の人、きっと家族がいたんだろうな」

 オルトンは家の荒れ果てた内装から察する。割と大きい部屋。遊具らしきものが薄汚れた状態で残っている。きっと子供が遊ぶために、両親が奮発したのだろう。

 家族の幸せ。オルトンは知っているからこそ、当たり前がなくなることの恐怖を知っている。当たり前があるのが幸せで、これからも続いていく。それが戦争で絶たれた。

 主たちを失ったこの家にもう、役目はあるのだろうか? そうオルトンは考えてしまう。

「そんなこと、どーでもいいじゃんよー。さっさと行こうよぉ」

「わかったよ……」

 エイトはオルトンの調子を全く気にすることなく、二階へと続く階段を昇り始める。

 その階段は木でできている、オーソドックスな階段だった。しかし、長年手入れがされていなかったことにより、腐敗が激しい。埃も凄まじい量になっている。そして妙に湿っぽいのは、何か生物のものだろうか。

「ミシミシ鳴るけど、抜けたことはないから安心してェ」

 そう言って、エイトは素足で階段を昇り始めた。素足、何も纏ってすらいない、肌前回のフルオープンで、腐食の進む階段を昇り始める。

「ちょちょちょっと待て! エイト、靴はどうした! 今更だけれども!」

 エイトの身なりはいつも通りの薄汚れたローブ。身体全体を覆い隠すように着用している。前は靴も履いていたはずなのだが、いつの間にかなくなっている。

「あぁ。靴か。ウザくなったから捨てた。もともと拾いモンだったし、愛着もなし。それに、別に素足でもいいかなって」

「怪我したらどー……もしないんだったな」

 改造少女の身体の治癒能力は知っている。怪我の治りが異様に速いのだ。石ころやガラス片を踏んでも、致命傷にはならないし、止血すらすぐに勝手に身体がやってくれるのだ。

 つまり、はだしで歩いていても何も苦労することはない。

「だからって、はだしだとなぁ。後で靴やるから、それを履くようにしろ」

「なんで? いらないんだけど」

「靴を履いてた方が、人間らしいからな」

「ふーん……」

 エイトは笑って、いらないよぉ、とか言うと思っていたオルトンは、少しだけ反省する。それくらいは素直な、人間らしさがあるのだ。

 ギシギシと不快で不安になる音色を奏でる階段を昇りきり、二人は二階へとたどり着いた。そしてエイトに案内されるがままに、オルトンはある一室に入る。

「あの窓、眺めが良くて素敵だよん。そんでもって、奇妙な一団がこっちに向かって来てるの、わかる?」

 遠く。崩れかけた街並みの中、何かしらがうごめいている。

 人間。人間。バラバラに歩いている。

「あぁ……ワン・モアの紋章が描かれた旗を掲げてやがるってことは……でも、ワン・モアの構成員は軍服が基本のはず……」

 窓から見えるのは、人の群れだけ。そこまで大量に押し寄せてきているわけではなく、20人かそこらの数。全員が粗末な服を着ていた。軍服を着ているのは少数だ。

「じゃあ……てことは」

「何人か民間人を焚き付けて来たみたいね。目的はなんだろ? ソイツらにこの辺を捜索させるとか?」

 エイトはどこか楽天的だった。それもそうかもしれない。エイトにとってアンチ・クランに大した義理もない。愛着もない。だから気楽なのだ。

「捜索ならまだ、隠し通せる。すぐにアンチ・クランのみんなに知らせないと」

 人がいないエリアに人が来る。しかも大勢で。それはもう、ただ事でない。

 間違いなく捜索だろう。

 これまで何度も捜索を掻い潜って、何とか生き延びてきた。何度もアジトを変更しまくっている。今回もそうしなければ、アンチ・クランのいる場所が完全に特定されてしまう。

「エイト、戻るぞ」

「うー? なんでさ? アンチ・クランのみんなにアジトを追い出されたんだよ。別に戻って危険を伝えてやる義理なんてないんじゃない?」

「そういうわけにもいかない! 追い出されたことを、俺は根に持っちゃいない。アレは話し合いがこじれた結果だから、やり直しがきくはずなんだから。その機会を失っちゃうだろ!」

 オルトンはエイトの手を引っ張り、二階から一階へと降りた。もちろん階段は慎重に。すぐに廃屋を出て、教会跡の方角へと走る。

 まだ敵は遠い。歩いていては危機を伝えても対応できない。だから走る。走れば追いつかれる心配も消える。すぐにこの危機を伝え、隠れてもらわねばならない。

「教会まで全然遠くなんかない。アイツらがこの辺に来るのだって、20分くらいかかるんじゃない? オルトン君、焦りすぎぃー」

「物を隠したり、みんなで隠れたりって、やる事が結構あるんだよ。みんなそういうこと想定して、練習だってしてるから、その速さは自慢できるけど、やっぱり心配なんだ」

「他人のためによくそこまで必死になれるもんだねぇ。それが人間性ってやつなら、理解に何年もかかりそうだよ」

「あぁ、これが人間性だ。何年も何十年でもかかってくれていいから、いつかエイトにも理解してもらいたいな!」

「この握られてる手も、人間性ってやつ?」

 そう言われてハッと気が付く。廃屋を出てから握りっぱなしだった。

 オルトンは慌てて手を解いた。何故、慌てたのか。

 改造少女ではあるが、エイトは普通に可愛い分類の見た目だからかもしれない。

「これはあれだ。ある意味で人間性だ。俺もこれについては、そこまで理解が深くないけど。エイトみたいな女の子なら、がっつり理解してもらいたい」

「アッハッハ、もしかして照れたってやつ? 女の子と手を繋いだことがなかったとか? こんな緊急時に手を繋いだ感想を聞かせてほしいなぁ! でも改造少女はノーカン?」

「ノーカンじゃない! 特に嬉しさもなかった! 悪いけどなッ!」

 そんな話をしながら爆走。オルトンは全力で脚を動かしまくっていたが、エイトは涼しい顔をして、ニヤニヤしながら着いてくる。日頃のトレーニングの儚さを、オルトンは感じてしまった。地力が違うのだから、仕方ないのだが。

 教会跡、アンチ・クランの現アジト。当たり前だが、その入り口の扉は閉ざされていた。

「さぁ、みんなに危機を伝えよーじゃないか!」

「あぁ、そうだな……」

 オルトン、ここまで来て気が少し引けてしまう。先ほど追い出されたことを思い出し、扉を開けることがほんのりと怖いのだ。

 もし、誰にも耳を傾けてもらえなかったとしたら。もし、自分の言葉をしんじてもらえなかったら。様々な疑念が、オルトンの脳を支配していく。

「どったの? オルトン君、ビビっちゃった?」

「いや……ビビっていない。ただ少し、不安になっただけだ」

 アンチ・クランのリーダーを怒らせてしまっているが故に、情報を信じてもらえるかどうか怪しい。リーダーのハリスは優しい人物ではあるが、怒らせてしまった。優しい人間ほど、怒ると怖い。ハリスに同調して、他のメンバーも聞いてくれない可能性だってある。

「なら、開けるよ! バァーンとね!」

 そう言ってすぐに、エイトはオノマトペ通りに扉を蹴り飛ばし、ぶち壊した。

 中にいたアンチ・クランのメンバーは絶句。言葉を失っていた。

 まだ話し合いは続いていたようで、ほとんどのメンバーが奥に集まっていた。そこにはもちろん、ハリスもいる。

 少しの静寂。オルトンは口火を切ろうとする。まずは謝罪から入ろうと考えていた矢先に。

「敵が来てるみたいですよーん。速く逃げろって、オルトン君がそう言ってマース!」

 エイトが、教会内全域に響く声で簡潔に内容を伝えた。

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