人間作戦、開始
どうしてそんな考えに至ったのか。エイトは知る由もない。昨夜に別れてそれっきりだから、心情の変わりようがわからない。絶望したような顔をして別れたのだから、出会ったところでいつもの人間と同じように対応されると思っていた。それでも求めていた。
もしかして、オルトンという存在ならば。そんな期待を心のどこかでしていたのだ。
エイトの知らない心の奥底に、人を信じようとする何かが残っていた。
「お前が嫌だって拒否しても、俺はお前と一緒にいる。そうしないと、俺が後悔して悩んだりする。もうそんなことになるのは嫌なんだ。俺自身のために、これからをお前のために動かせてもらう。覚悟しろよ」
「あ……? はは? 誰のためにって……もう一回言ってみてよ」
「お前のために。俺のためにもなるから、懸命にやる。やってやる。人間の心を教えて、お前に幸せなままで、笑って最後を迎えられるようにしてやる」
「お前のため……それは、この8番目のこと……でいいんだよね?」
「お前はお前だ。エイトしかいないだろ。俺は誰よりもお前が嫌いだが、誰よりもお前に味方してやる」
「わ……あ、エイト? オルトン君。一緒に」
脳の回路。改造少女といえど、脳まで機械ではない。脳まで機械ならサイボーグ。思考することすらできないだろう。
生物的な脳を持つからこそ、エイトの思考はショート寸前になる。真っ当な考えが出てこない。言葉も思い浮かばない。
結果として、無表情。そして、頭の中は真っ白。髪の色と同じように純白。左眼のように、何も見えていない脳の中。
「……エイト」
オルトンは笑って、エイトの頭に右手をのせる。ハッとしたエイトは、小動物のような表情でオルトンをみた。
「これから、お前と俺で考えながら生きていく。大変なことだけど、お前の今までの人生よりかはだいぶ楽だ。戦いじゃない」
「……戦いじゃない? 戦いしかできない。戦いしか楽しくないのに」
「その考えをまず、捨てちまえ。できるだけ早く捨ててもらって、他に楽しいことやできることを見つけるんだ。これもある意味では戦いだよ。自分の可能性とのタイマンさ」
自分には心がないと決め込んでいた。イラつきなどの感情などは自分にもあるとはわかっていたが、この程度の事は心とは呼ばないと思っていた。当たり前のこと過ぎて、心というよくわからない、深い言葉とは無縁だと思っていた。
しかし、この自分にも心があるらしい。そうオルトンは言う。
エイトの思うこと。まず疑問。ありとあらゆる疑問。しかしそれをオルトンにぶつけるつもりはなかった。それよりもぶつけたいことがあるからだ。
「オルトン君……」
「なんだ?」
「……ありがとう。そんなことを言ってくれて、嬉しい。たとえ嘘だとしても、とても気分が良くなった。こんな気分になったのは、久しぶり」
感謝の言葉。それを言いたいのが今のエイト。優先するのはこちらだと思ったのだ。今言わなければどこで言うのだと、自分に後押しされた。
「……嘘にはしない。お前と俺の心に誓っていう。俺は、お前と一緒に行動するってな」
オルトンのセリフに、エイトの瞳から涙が流れる。ひとつ、ふたつと少しだが確実に。ぽろぽろと地面に落ちる水滴。
「……その気になればお前だって、涙をながせるんだから。エイト、自分に心なんてないって決めつけは、もうやめてくれ。涙はその証拠だ」
「……涙。あは、心? よくわからないなぁ……」
「それを教えてやるって言ってるんだ。ゆっくりでいい。少しずつ、学んでいけばいい」
「……君と会いたいって思ったのは、正解だった。君のその作戦みたいなことに、参加させてもらうよ」
「作戦か……。確かに、ある意味じゃ作戦みたいなもんだな。さすが戦闘兵器だ、そういう考え方をする」
「いけないこと?」
「個性的の範疇さ。そのくらいで非人間と罵る人はいねーよ」
オルトンは笑う。つられるように、エイトも笑う。
純粋な笑顔。今までの、狂気に染まった悍ましい笑顔ではない。
外見にあった、少女の笑い方だ。年相応の可憐な少女の片鱗が、きちんとみえる。
その笑顔をみて、さらにオルトンは覚悟を深める。強く、意識する。決めたことを。
やり遂げなければならない。自分のために、人々のために。
皆が笑っていられるような場所を創り上げる。もしくは探し当てる。そんな夢みたいなことを成就させる。そのために、エイトに人間の心を教えなければならない。心があるなら、改造少女だろうと笑顔にする。そんなこともできないようでは、夢みたいなことを成就できる訳がない。エイトは、超えるべき壁である。人間の心を理解させて、クリアだ。
「さぁ、人間作戦を実行するとしようか。改造少女、人間を思い知って楽しく終われよ?」
「……人間作戦かぁ、いいね。死に様が楽しいなんて、嬉しい限り。オルトン、君についていくことにするよ。よろしくね」
「あぁ、よろしくな。改造少女のエイト」
そう言えば、まともな握手は初めての二人だった。
しかし、これから先でこれ以上のクオリティの握手はもう、ないだろう。
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