オルトンとエイトは語り合い、わかりあい?

 20、

「さっき言ったトンデモ細胞。不死細胞と呼ばれてる。名前の通り、かなり不死身に近い性質を持っている細胞さ」

 少しの沈黙から、エイトはまた笑って話しだした。

 テンションの乱高下に、オルトンは合わせるのに戸惑った。

「それを改造少女は移植されてる。移植できるならどこでもいいみたいで、背中にやられたよ。他のヤツらは胸とか腕とか。とにかく細胞がくっついたらイイらしいかった」

 エイトは背中をさする。痛みもなにもない。自分で直接見たこともない背中が、そこにあるだけだ。

「移植の際の痛みは最初だけで、すぐに引いた。すぐに走れるほど元気になったよ。でも副作用っていうか、なんというか知らないけどね。髪と左眼が真っ白になっちゃったんだよね。どんな影響なのかわかんないけど」

 オルトンはエイトの白い髪をみる。そして左眼。まるで真珠のような左眼。間近で見たことはなかったため、エイトが美しいことに気が付かなかった。

 ただその美しさは、どこか物のようだった。命の一部であることを忘れる、奇妙な魅力だ。生物的な美しさを感じられないのだ。

「……改造少女ってのも、大変そうだな」

「アハハ、そうでもないさ。老けにくいし、長く若々しくいられるからお得かもよ」

「寿命でも延びてるってか? 仙人みたいに」

「そうじゃない。この姿から成長しないだけだよ。死ぬ時までこの姿のまんま」

 成長しない。身体的な成長がない。それが不幸なのか幸福なのか、オルトンにはわからない。他人と同じように歳をとれないこと。想像できない。

「……その左眼って、物見えてるのか?」

「いいや、失明してる。右眼の調子は問題ないから、別に不便に感じたことないよ」

 エイトにとっての左眼は、ただの白く柔いボールのような物でしかない。必要とはしていないが、代わりになる物もないためそのまま放置しているのだ。

「不便に感じないって……左眼がみえてないって、戦場では致命的じゃないか? 距離感とか掴みにくいんじゃないか?」

「あー……そういえば初陣とかはすっげー被弾したよ。でも改造少女としての死ににくさのおかげで、死ななくてすんだ。あと、盾代わりにされたり、しんがりとか務めたおかげで慣れるのも速かったよ」

 笑ってエイトは話すが、左眼の見えない兵士を送り出す部隊はロクな部隊ではないと、オルトンは思った。左眼が見えないというハンデを背負ったまま戦わせるなど、冷徹すぎる。いくら死ににくい改造少女とはいえ、人間の判断ではない。

 しかも盾とかしんがりとか、想像するだけでえげつないことをされてきたのでは、と思ってしまう。

「辛くなかったのか? 上官にそんな命令されて」

「全然。それが仕事だったし。命令にはちゃんと従わないといけなかったから。楽しかったってものあるし、辛いだなんて思ったことないよ」

 改造少女について、オルトンは話だけしか聞いたことがない。こういう生の声を取り入れたことがなかった。だからエイトの発言には、悲壮を感じられてしまう。

 改造少女は人間扱いされない戦闘兵器。だから色々な軍がレンタルして、酷使する。戦場に置いて、死ににくい兵士の有効性とその不死身性を利用した戦闘力は、至る所で最高の結果を叩きだした。

「いろんなとこに行った。どっかの国の基地。どっかの国の領土の密林の中。敵の休憩所は面白かった。テンパってる奴らが一心不乱に撃ってくる様は爆笑だったよ。ロシアとか、中国のほうによく行った。ベトナムにもちょくちょく。ヨーロッパの洒落た感じも体感したかったなぁ。どこもここも、泥臭い戦場ばかりだった。嫌いじゃなかったけどさ。どうせなら、洒落た戦いをしたかったよ」

 オルトンは態度に示さないが愕然とする。歴戦の猛者すぎて言葉が出ない。改造少女が怪物である、それは頭に叩き込んである。資料も記憶している。

 しかし生の、しかも本人から聞く話は、資料や講義から予想することよりもずっと、血なまぐさかった。

「一つ、質問いいか?」

「はいどーぞ、オルトン君」

「普通の、人間の女の子になりたいって……そんなことを思ったことはあるか?」

「うーん……今のところ、改造少女のほうが楽しいからさ。人間の女の子になりたいって、思ったことはないね」

 オルトンは想像する。もし戦争なんかなかった世界で、普通の学生をしているエイトの姿を。平和を堪能し、暴力は友のためにのみ使う切り札。そんな一般的な生活。

 容姿は良いのだから、モテるだろうと勝手に解釈する。

「ボーっとすんなよオルトン君。話をしてるときにぼけっとされるのは、ちょっち心に来るものがあるよぉ」

「……あぁ、すまん」

 もう夜も中盤戦。これからだと思うか、もう休むことを考えるか、迷う時間帯。

「もういっぺん、質問」

「かまわんよぉ。どんどんいいぜ」

「いや、これがラスト。いまんところな」

 ふと思いついた疑問。そう言えば、聞いていなかったような気がする疑問。

「エイトは、何か願いでもあるのか?」

「……願い?」

「目標でもいい。叶えてみたいことだ。教えてくれ」

 沈黙。エイトは少し考えるような仕草をする。頭を揺らしたり、指で数を数えたり。

 そして

「願い……てのはよくわかんない。今はとにかく戦いとか争い事が楽しいから。願い事にするなら、こんなに楽しいことがずっと続くようにするかな」

「……そっか。まだ会ってそんな経ってないけど、エイトらしいと言っとくよ」

 改造少女は紛れもなく怪物である。しかし、元は少女である。

 だから今の願いは、きっと違う。本当の願いじゃないはず。エイトは、自分の本質にまだ気が付いていないかもしれない。オルトンは会話をしていてそう思っていた。

「俺は明日に備えて寝ることにする。お前はどうする?」

「もう少し、ここにいるよぉ。おやすみ、オルトン。有意義だったかな?」

「割と、有意義だったよ。次、話すときはお前も有意義な感じにしてやるさ」

 オルトンは教会跡に戻って、自分の寝るベッドのあるタコ部屋に入る。むさくるしい男部屋だが、寝るだけなら我慢できる汗臭さだ。


 エイトはしばらく空をみていた。

 夢とか、願いとか、目標とか。そういうのと関係のない生き方をしていた。

 だから、一晩中考えることにした。過去を振り返り、何かヒントになるようなことを。

 瓦礫の上で眠りながら、考えまくったのだった。

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