人々は血の塊
2、
数時間後、ギヨナタウンの目の前まで到着した。
門など存在しない。出入り自由の街。ようこそ、と歓迎されることもない。
「やっと……着いた」
思わず呟く。艱難辛苦乗り越えてとまではいかなくても、一人で呟けるくらいには辛い思いをしたと感じている。
誰もこの嬉しさを共有してはくれないが、それはいい。少女は胸が躍っているから、この街で豪遊してやろうと企んでいた。
街に入って少女が最初に感動したこと。地面が土じゃないこと。それだけ。まるで手入れされていないズタボロのコンクリートが歩きやすくて心地よい。こんなことで感動するとは、少女自身も驚いた。
やはり荒野ばかり歩いていたから、街の風景は良いものだと思ってしまう。かつて人々が沢山住んでいたと思わせる廃屋があちらこちらに。風景が変わると歩くのも楽しくなる。
崩れかけた銅像。窓ガラスが全て割れた小さいビルやマンション。スプレーか何かで落書きされた壁。見るモノ全てが土くれよりか楽しい。
悲劇的な楽しみ方をしながらも、少女はこの街に違和感を覚えていた。
人がいなさすぎること。ちょっとした物音すらも聞こえやしない。聞こえるのは建物を横切る風の音だけ。
人がいない。それだけなら対して珍しいことではない。だがしかし、ここは何かが違う気がしていた。今まで立ち寄った街とは決定的に何かが違うと。
「……あぁ」
少女はしばらく考え、周りを見ながら歩いて、違和感が何か感づいた。
人がいた形跡が、ちらほらとあるのだ。人が全く見当たらないのに、ついさっきまで人がいたらしいことが、よく観察してようやくわかった。
ちらほらと、ペットボトルが落っこちている。まだ中身が入っているペットボトルが蓋も閉められずに捨ててある。こんな勿体ないことはこのご時世ではありえない。何かしらの具材らしきものもよく見ると落ちていた。食べ物の匂いがかすかに香る。
そして何より、人の臭いが漂っていることに、少女は気が付いた。
鼻が利く。案外使える特技だと少女は思った。普段は嗅覚など使い道がない機能だと思っていたが、こういう奇妙なところで役に立つ。
街を歩き続ける。人の独特の臭いが、風に流れてやってくる。風に逆らって歩けばきっと人に出会える。そう少女は思っていた。
人がいない街のなんと寂しいことか。さすがにがらんどうの街の風景にも嫌気がさしてくる。もうちょっとは人気があってもいい。その方が飽きない。
臭いが漂ってくる方角へと歩みを進める。
人の臭い。肌の香り。汗の臭い。他の生物からは決してしない臭いに、つられるように少女は歩く。
そして、人の臭いに交わって香る鉄臭さ。新鮮な鉄の香り、そして奇妙な腐敗臭。
少女にも流れる赤い液体。人間以外、生物なら大抵流れている生命の要の水。
血。
心臓がドクンと跳ねる。
歩みが自然に速くなる。早歩きくらいだったのに、少女も意識していないのに、走っていた。臭いにつられて走っていた。
少女は目を見開いて走っていた。まさしく夢中になって。息を荒くしてなお走り続ける。
先ほどまでの疲労感は吹っ飛んでいた。アドレナリンが湧き水のように溢れ出てくるのを感じる。即ちハイテンション。
何故自分がハイテンションな状態になっているのか、少女は理解していた。それでもいいと、血の臭いに興奮しても何も悪いことはないと、まるで気にしていないのだ。
「あぁ……こっち」
甘い匂いにつられ、たかってくるアリのよう。
ほとんど思考せずに歩いている。本能のおもむくままに、足を動かしている。
そして、血の匂いのもとに辿りつく。
灰色の、小さい広場。
そこで繰り広げられていたのは、多人数による一人への刑罰。
壁に貼り付けにされた女性。両手を釘で壁に打ち込まれている。脚は自由にされているが、身動きが取れない。全く意味のない自由。
苦しそうなんてものではない、激痛に耐えるその表情は歪みに歪んでいた。
両の掌に釘が刺さっている。それだけでも激痛。こんな街では治療すら困難だろう。あの女性の手は、もう駄目になるかもわからない。
それだけでもかなりの絶望。
しかし絶望は、真の絶望は手に釘を打たれていることではない。
人々に、石をぶつけられていることだ。
手のひらサイズの、さすがに小石と言い張るにはきついサイズの石を、絶え間なくぶつけられ続けている。
「人の敵ッ……敵!」
「人の仇! 人の仇!」
ぶつける側の、呪いをかけるような声。
子供がふざけて投げるような可愛い仕草で投げていない。一発一発を思い切り、人を傷つけるためだけに投げている。
「殺さなくちゃ……殺さなくちゃ……くたばれってば」
「このクソアマめ……! 死んで詫びろッ!」
「テメェのせいだからなッ! 恨んだら承知しねぇぞ!」
情け容赦ない言葉の暴力。磔にされている女性に味方がいない。誰も可哀想だと思っていない。可哀想だと思っていたら、石などぶつけない。
心身ともに傷だらけ。きっと少女が来るずっと前から、この行為は行われていたのだろう。女性の傷の具合で察することができる。
涙と血が、女性の足元を濡らしている。
かすれた声が、女性から聞こえてくるが、まさしく虫の息であるために何も聞き取れない。言葉がわからない。
でも何となくわかる。きっと助けを求めている。やめて、と言っている。そうに違いない。唇の動きで確信する。
「人のためにッ……人のためにッ!」
「そうッ……私達はみんなのためにッ!」
「もう一度、何度だってやってやるッ……やらなくちゃダメなんだッ!」
何かの使命なのだろう。盲目的に石を投げ続け、意味のよくわからないことを口走る。
女性に石をぶつけなくてはならない。何か理由がある。そうに違いないと少女は理解した。人が人に罰を与えるには、相応の理由がいる。多人数を納得させなければならないからだ。
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