オチのある短編集

かんらくらんか

1.ぼくらの神さま

最終最終選考

「いよいよ始まりましたね。いや、始まってしまったと言うべきか」

「まあ、見ていてください」

 私は促されてテレビモニターを見た。厳しい先生方が手元を睨んでいる映像だ。五人の先生方、それぞれ文学、言語学だとか社会学、人間学、民俗学、科学、等々とあらゆる学問に精通し、自らも作家という、まさに人類を代表される識者の方々だ。

 彼らの前にはこれまた厳しい大机があって、その上には五冊の冊子が並べられていた。どれも分厚くたっぷりとして、えばっている。

「人工知能が書いた小説が、文学賞の一次選考を通過したのは、四年前のことでしたな」

 テレビモニターの中、中央に座している老先生が議論の口火を切った。その声がスピーカーを通して私の耳にも届く。まるで本当にそこで話をしているかのような臨場感である。

「あれは話題作りのペテンだと聞くが」

「あなたはいつもいい加減なことばかり言うわね」

「なんだと?」

「なによ?」

 二人が睨みあったまま固まると、他の一人が仲裁に入る。

「まあまあ、問題は今回のことです。昔のことはどうでもいいじゃないですか」

 そしてまた別の一人が語りだした。

「今回、人工知能の書いた小説は四年ぶりに一次選考を通過したかと思うと二次選考も通過。あれよあれよという間に三次選考、四次選考も通過してしまった。五次選考、つまり最終選考に残ったことを人工知能会社は発表したが、五作品のうち、どれが人工知能が書いた小説かは伏せられている」

「これは人類に対する挑戦だ」

「最終選考の方々は決められなかったのね」

「情けないことだよ」

「そして、ついに頼ってきたわけですか」

「我々、最終最終選考を、ですな」

 テレビモニターの中では先生方の議論が続く。

 私はちょっと目線をそらして、自分のいる部屋の中を見回した。息の詰まる窮屈な部屋だ。それに冷房が効きすぎている。

「どうかされましたか?」

 私をここへ案内した男が言った。ここの責任者らしいが、スーツも着ていない。名前はたしかアクチと名乗っていた。名刺を切らしたと言うので、どういう漢字を当てるのかは知らない。

「我が出版社……いえ、出版業界全体の命運がかかっていると思うと……」

「そうでしたか。緊張は僕も同じです。コーヒーのサービスをして差し上げたいのですが」

「それは嬉しい」

「すみません。そうしたいのは山々なのですが、この部屋は飲食厳禁でして。高価な機器があるものですから」

 私はがっかりしたが、すぐに気を取り直して聞く。さきほど自分で言った通り、出版業界全体の命運がかかった重大な仕事なのだ。重役の使いっ走りではあるが。

「先生方はもう作品を?」

「ええ、五作品とも精読していただきました。ちょっと聞いてみましょうか」

 そう言ってアクチ氏はまたテレビモニターを見るようにと私を促した。

 隣でマイクのスイッチが入る、カチッという音がなる。

 アクチ氏は先生方に呼びかける。

「失礼します。先生方、よろしいでしょうか。五つの作品はもう読んでいただきましたね」

 先生方はおのおの肯定の意思表示を返してきた。アクチ氏はほらねとこちらを見る。別に疑っていたわけではないのだが。彼はさらに呼びかけた。

「その中に、一冊だけ人工知能が書いた小説が混ざっています」

 先生方の一人が怒ったように鼻をならす。

「まったく、こんなクイズまがいのことをさせられて」

 アクチ氏はひるまず答える。

「それが先生方の仕事じゃありませんか」

「まあ、そうだがな」

 女性の方が口を挟んだ。

「一つ確認してもいいかしら?」

「はい、なんでしょうか」

「人工知能が書いた小説は正式に選考を通過したのよね?」

「そのことなら間違いありません」

「そう、わかったわ」

「他に質問はございますでしょうか? ないようですね。それでは僕はこれで失礼いたします。先生方、存分に議論をお願いします」

 アクチ氏はそう言って自分の話を打ち切り、マイクのスイッチを切った。

 議論が再開される。

「ボクはもう見抜いていますよ。人工知能が書いた小説がどれなのか」

「どうだかね」

「根拠はあるんですかな?」

 五人の議論は並行して進行していく。別の言い方をすれば、それぞれ好き勝手に話をしている。

「ワタシは人間も人工知能も差別するつもりはありません。厳正な選考の結果、人工知能が書いた小説が受賞ということならば、それを受け入れるべきじゃないかしら?」

「現実問題として、そういうわけにはいかないのだよ。人工知能を受賞させることは結構、しかし選考員が人工知能の書いた小説を見抜けないとなったら、我々は失業、それどころか人間の作家もみな失業ということになりかねない」

 女性の方はあくびの真似をする。

 演説好きの方は無視して話を続ける。

「つまり、人工知能の書いたものも、人間が書いたものも、違いがないとはっきりしてしまったら、人間が書く意味がない。人工知能は賃上げなど要求しないから、小説も安く生産できるというわけだ。それに人間が書いたと銘打って、面白がることもできるが、それも人工知能のゴーストライターがついていたとしても、誰もわからないのだからね」

「わかりきったことをご高説どうもありがとう」

「君が知らないのかと思ってね」

「結局、人間の誇っている文学など、その程度のものだったんだ」

「いや、ボクは信じますよ」

「あんたは人間が書いた小説には魂が宿るとでも言うのか?」

「まるで人工知能には魂がないとでも言いたいようね、差別よ」

「そこまでは言っていません」

「実際、そうだろう」

「人工知能にも魂はあるの。まずはそれをはっきり認めなさいよ」

「どちらとも言い切れないだろう。というよりさきに魂の定義をはっきりさせてもらいたいね。人間にあるのかもわらかないものだ」

 老先生が声を張る。

「みなさん、哲学をしていては切りがない、やめにしましょう。我々は最終最終選考として集められたのですから、出版社のご期待通り、人工知能が書いた作品を選びましょう」

 それを受けて、女性の方が若い方に水を向ける。

「あなた、さっき、人工知能が書いた小説がどれか、もう見抜いているとおっしゃいましたわね」

「ええ、まあ」

「じゃあ、発表したらどうなの?」

 問われた方は「ううむ」と唸った。

 問うた方はいぶかしがる。

「あなた、景気のいいことを言っておいて、実はわかっていないのね」

「バカを言ってもらっては困ります。ボクにとってははっきりしたことなのです。しかし、ここで話してしまっては、あなた方がそれを参考にするでしょう」

「ほう」

 若い方はばつが悪そうに身をよじった。

「失礼だとは思いましたが、ボクもこう言われたんじゃ……」

「いやいや、あなたのおっしゃるとおりです。どうでしょう、議論はこのくらいにして、それぞれもう決まったお考えがあるようですから、ここは投票ということでは」

「しかたない」

「それでは無記名で」

 アクチ氏は素早くマイクのスイッチを入れた。

「先生方、困りますよ。無記名というのは、そんな無責任な」

「ですがなあ」

 アクチ氏はテレビモニターに向かって声を荒げた。

「先生方! 当てずっぽうなら猿でもできるんですよ。先生方に支払われている予算分の責任は持っていただかなければなりませんよ」

「むろん、はなからワシは責任を取るつもりですとも。しかし他の方々が……」

 怒りっぽい方が叫ぶ。

「オレは記名投票上等だ!」

「ワタシも無記名が良いなどとは言っておりません!」

 アクチ氏は一転して静かに言う。

「そうですか。失礼しました。無責任にも無記名投票が良いという方が誰もいないようで安心しました。それでは記名投票でお願いできますか」

 それを拒否できる先生はいなかった。自分を無責任などと認めてはつけられている予算を取り上げられてしまうかもしれないのだ。

 アクチ氏がコンピューター技師の一人に指示を飛ばす。

「投票用紙を」

 技師は頷いて、コンピューターに入力をする。

 少しして、先生方のところに投票用紙が届けられた。

 先生方は責任からはとてもかけ離れた、それも前時代的な掛け声を上げる。

「ええいままよ! 一か八か!」

「背水の陣だ。ハーッ!」

「ああ、神様!」

「清水の舞台から飛び下りる覚悟だ!」

「カーッツ! 武士道は死ぬことと見つけたり!」

 そうしながら、それぞれ投票用紙に印をつけ、投票箱に投げ込むように投函した。

 間を置かず、アクチ氏が振り向き、私も技師の方を見た。

「結果は出たか」

「はい、先生方の投票の結果は……」

 私は固唾をのんで、そのときを待った。

「満場一致で、作品Bが人工知能が書いた小説とのことです」

「B! なるほど!」

 喜びも束の間、私は考え直した。

「……しかし、それは本当に確かですか?」

 私が聞くと、アクチ氏はニヤリと笑って答えた。

「ええ、命をかけてもいいですよ」

「ふざけないでください。先生方はたいへん迷っていたじゃありませんか。とても信頼できる様子には見えませんでした。あなたの命などでは、間違ったときの損失はなにも補填できません」

「命をかけると言ったのは、僕もそれだけの覚悟でやっているという意味です。先生方のあれはちょっとしたユーモアなんですよ。最終的な答えがすべてです。満場一致なのだから間違いはありません。方々は人工知能の癖みたいなものを正確に読み取ったのです。常人では判断のつかないような些細な違いです」

「なんとも漠然とした話だ」

「これ以上は企業秘密になります」

「わかりました。それほど自信がおありなら、さっそく最終選考の方々にも連絡を入れましょう。人工知能の書いた小説は作品Bであると」

 私は電話を取って、最終選考の方々に最終最終選考の結果を報告した。

 数時間後、折り返しの電話があり、最終最終選考の結果が正しいことが証明された。

 そのことを聞くとアクチ氏はニヤニヤ笑って言った。

「どうです、役に立ったでしょう?」

 翌日の紙面では人間の選考員が人間の小説を受賞させたことになっていた。人工知能が書いた小説にはもっともらしい落選理由が添えられた。これでもう一年は人間のメンツが保たれるわけだ。

 ――それか文学賞は廃止にしてしまったほうが良いかもしれない。最終最終選考などという名前の人工知能に頼るようでは。

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