人体交換屋

知る人ぞ知る店だ。

金さえ払えば貸してくれるし、金なら稼げばいい。

たとえば、プログラマの指を借りれば、勝手にキーボードをかちゃかちゃやりだす。

あ? なんのことかわからないって? これは失敬、人体交換屋のことだよ。

金を払って他人様の人体の一部を借りるのさ。

その代わり、借りた部分は人体交換屋に預けなきゃならん。

まあそれはあたり前のことだな。

なんせ、腕を借りて、腕を預けなきゃ、どうなる?

腕が三本とか四本になっちまうだろ?

そんなのは妖怪さ。

いろいろ面白い話があるんだが、この前なんかは口を借りた。

ホストの口はべらべらしゃべりやがる。

よくわからねえが、それで女たちはメロメロさ。

こんな俺でも、モッテモテってこと。

足を借りたこともあったぜ。

強い足なんで、どこまでも歩けた。

富士山の頂上で見る朝日は最高だ。

変わり種でいくと、肺を借りたこともあった。

息がいくらでも持つんで、泳ぐと楽しかったな。

深く潜るのもいいし、遠くまで泳ぐのもいい。

ここだけの話なんだが、タバコも吸いまくってやったぜ。

肺がんも他人の肺なら関係ねえからな。

だけど注意しなきゃならねえことがあったな。

同時にいくつも借りられねえんだ。

口を借りたら、指は返した。

足を借りたら、口は返した。

肺を借りたら、足は返した。

いくつも借りられたらもっと楽しいと思うんだが。

そいつは許しちゃくれねえんだ。

超人になれるかもしれねえのにな。

経営上の問題かね。

難しいことはわからねえ。

俺はどんどん借りたよ。

仕事にも使えるからな。

手に職って言うけど、やっぱ腕は役に立つ。

あんまもやったし、時計作りとか、そうそう、医者とかな。

寿司を握ったこともあるぜ。

影絵芸人なんてのもやった。

他人の体を使うのは楽しくって、たくさん働く気になれた。

その金はまた別の体を借りるために使うんだ。

だから人体交換屋は儲かるだろうね。

ひがんだりしないぜ。

その分、俺は楽しいからいい。

体のあらゆる部分を交換してみた。

ものは試しってな。

肝臓なんかいくらでも酒を呑めて面白かった。

ぜんぜん酔えねえんだよ、本当に。

目と鼻と耳を交換するのは勇気がいったが、面白い。

他人様はこんなふうに感じてんだなってな。

全然ちげえんだ。

だが目と鼻と耳は慣れたのが一番だったな。

目も鼻も耳も利きすぎるってのは考えものだぜ。

汚えのだと、睾丸も肛門もやった。

さすがの俺も気味が悪くって、すぐに返したけどな。

ある日、俺は人体交換屋に言ったんだ。

俺はもう体中のすべてを交換したことがあるぜって。

その日はたまたま全部返しちまって、ありのままの自分だった。

人体交換屋はこう答えたんだ。

たしかにあんたはお得意だが、まだ交換してないとこがあるってな。

はーん。

しかしいくら考えてもわからねえから、俺は聞いたんだ。

そいつはどこの部分だってな。

人体交換屋は頭をとんとん叩いた。

なるほど、確かにそいつは盲点だった。

俺はすぐに交換してくれと頼んだよ。

俺だって、自分がバカなことくらいはわかってる。

だからとびっきりいい脳みそと交換してくれって言ったのさ。

人体交換屋はうんと頷いたが、それっきりだ。

俺はずっと暗闇のなかにいる。

いったいいつになったら脳みそを交換してくれるんだ?

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