地球式の教育
親子を満載したスペースシャトルが木星の辺りで座礁した。船体の損傷はいちじるしく、全員が助かる見込みはなかった。親たちは瞬間的に無私の境地に至った。自分のことはかえりみず、子供たちだけ脱出ポッドに放り込むと、間髪入れずスイッチを押した。
脱出ポッドが射出され、それとほぼ同時にスペースシャトルは爆発四散した。子供たちはスペースシャトルが粉々に吹き飛ぶのをモニターで見た。一瞬の静寂のあと、彼らの泣き叫ぶ声が脱出ポッドの中に充満する。親たちはみんな死んでしまい、子供たちはみんな孤児になってしまった。
こういう場合、すぐに救助隊が駆けつける約束になっている。しかし困ったことに、地球のレーダーは脱出ポッドを見失った。これではどこへ救助に向かえばいいのかもわからない。救助隊は出発を取りやめざるをえなかった。親子たちはみんな揃って宇宙の塵になってしまった。それが地球人の出した結論だった。
実際のところ、脱出ポッドは宇宙の塵になどなってはいなかった。地球人の科学力ではまだ解明できないことであったが、脱出ポッドはワームホールと呼ばれる時空の切れ目を通って、遥か彼方のキセノン銀河に流れ着いていた。スペースシャトルが座礁した原因もこのワームホールのせいだ。
脱出ポッドではどうがんばってもキセノン銀河から太陽系に帰ることはかなわない。ワームホールも塞がってしまった。子供たちは一ヶ月を待たず、保存食を食べ尽くして、餓死する運命と思われた。
そこに一隻の宇宙船が通りかかり、悲痛な救難信号を受けて停止した。地球人よりもだいぶ進んだ文明を持つキセノン星人の宇宙船である。
キセノン星人の船長は言った。
「あれはなんだ?」
船員の一人がそれに答える。
「見たこともない宇宙船ですね。いや脱出ポッドか」
女性船員もいた。
「どちらにせよ、とんでもない旧式のようよ」
また別の船員が聞く。
「それで、どうします?」
船長ははっきりと答えた。
「助けてやらねばならないだろう」
キセノン星人たちはたいして議論することもなく救助を決めた。脱出ポッドを自分たちの宇宙船にくくりつけ、いろいろな光線や電波をあてて、中を調べた。
「どうやら、中身は子供ばかりのようね」
「この辺りはさっきまで時空が乱れていたようです」
「そうか、きっと子供たちは運悪くワームホールに飲み込まれたんだな」
「親たちもいたんでしょうけど」
「別の銀河に飛ばされたか」
「あるいはもう……」
優しいキセノン星人たちは短い黙祷をささげた。
「では彼らは孤児ということですか」
「おそらくはな」
「かわいそうに」
「親たちは、もとの銀河で待っているという可能性もあります」
「そらなら必死に捜索しているでしょうね」
「どちらにせよ、母星に返してあげるのが一番です」
「わたしもそう思う」
「そうだな。母星はどこかわかるか?」
「時空の乱れを調べればわかります」
キセノン星人は念力でコンピューターを操作する。答えはすぐに出る。
「わかりました。この宇宙船は太陽系からやってきたようです」
「太陽系? たしか地球という星があったな。じゃあこの子供たちは地球人か」
「それで、地球は近いの?」
「いえ、私たちの技術でも安全にたどり着くには十年ほどかかります」
「十年か」
キセノン星人たちは「ううむ」と唸った。
「行きましょうよ!」
誰からとでもなく声が上がり、それは大合唱になった。
「行こう!」
「行くわよ!」
「行かなきゃ!」
船長は船員たちをなだめて言う。
「わかった。わかった。私もそうすべきだと思う」
「やった!」
「よし、行くぞ!」
「しかし無事に送り届けるだけではだめだ」
「どういうことですか?」
「教育だよ。十年もすれば、子供たちは大人になってしまう。まともな教育を受けさせてやらねば、地球に帰っても路頭に迷うことになる」
「もっともです。さすが船長!」
「おべっかはいい。地球の教育方針がわかればいいんだが、わからないようなら、キセノン星で受け入れるというのも手かもしれんぞ」
宇宙船に光線や電波をあてていた技師が言う。
「その点は大丈夫そうですよ」
「なにかわかったのか?」
「ええ、脱出ポッドの中にいくつか書籍があります。どうやら、子供たちを教育するための教科書もあるようです」
船長は大きく頷いた。
「なるほど、それならば、子供たちをしっかり教育して、地球に送り届けよう」
「地球人の中でも素晴らしいエリートになるように育てましょうよ」
「それがいい!」
膳は急げとキセノン星人は地球へ向けてかじを切った。
ちょうど十年後、キセノン星人たちは無事に子供たちを地球に送り届けた。
幼く泣いてばかりいた子供たちも十年の月日を経て、今や精悍な顔つきをした若者になっている。手ぶらでは困るだろうと、食料と金目のもの、地球にはまだ存在しない高度な発明品なども持たせた。
騒ぎを恐れたキセノン星人たちは、誰にも知られないように彼らを地球に下ろし、去っていった。お礼を受け取ろうとは考えもしなかった。
キセノン星に引き返す宇宙船の中、キセノン星人はやり遂げたぞと脱力するもの、別れを惜しんで涙を流すものなどがいた。
「彼ら、上手くやれるかしら」
「大丈夫だ。しっかり地球式の教育をしたじゃないか」
「きっと歴史に残る地球人になりますよ」
「ああ、そのとおりだ。ちゃんと地球の教科書に載っている英雄や偉人のような考え方になったんだ」
「しかし、地球というのは奇妙な星ですね。人殺しばかりが歴史に名を残すんですから」
「他の星の文化にあまり口を出さないというのが、キセノン星の文化だが、それを知ったら地球人たちも奇妙に思うだろう。なんせ、地球人は相手と意見が合わないというだけで殺し合っているのだから」
「子供たちには地球で活躍してもらいたいわね」
「そうとも」
船長は力強く言った。
「アレキサンダーやナポレオンやヒットラーのようにな。そういうふうに教育したんだ」
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