ハッ――クシュン
ハッ――クシュンとくしゃみをした。とっさ、マスクにした両手に生暖かいツバと鼻水がついた。手を放して見てみると、それは寄り集まって、わたしの姿になった。手のひらの上のちいさなわたしが、
ハッ――クシュンとくしゃみをした。マスクにした両手、そのなかには、もっとちいさいわたしがいて、
ハッ――クシュンとくしゃみをした。
わたしは無限にちいさく増殖していく自分を想像して、気が遠くなった。
手を閉じてしまおうとして、やめる。自分の足元が、折りたたまれそうになったからだ。
振り向く、そこには大きなわたしがいて、その後ろにはもっと大きなわたしがいて、その後ろにはもっともっと大きなわたしがいるらしい。わたしは限りなく巨大な自分を想像して気が遠くなった。そしてわたしを含めた彼女らはビデオカメラとテレビで鏡合わせをしたときのように、ワンテンポ遅れて同じ行動を取っている。
しばらくして気を取り直すと、わたしは、両手のひらの上のちいさな自分を精一杯、愛でようと思う。大きな自分がそうしてくれているように。
なにか、あげたいと思う、けど、なにもない。ここは大きなわたしの手のひらの上、生命線とか運命線くらいしかないし、それはあげられるようなものじゃない。
わたしはよだれを垂らすことにした。したたったよだれは水たまりになった。最初より縮んだように見える小さなわたしにはそれが、海のようだった。かくいうわたしも、よだれの海の近くにいるのだろう。
魚が釣れた。細い木が生えてきて、原始人のやり方で、火をおこすことができた。とりあえず、生きていることができる。不便なのは、片手が使えないことだ。
大きい自分が両手をふわりと合わせてくれれば、それが夜になる。注意しなければならないのは、自分がするときには、小さな自分の手に影を作らないこと。そんなことをすれば、下層のわたしたちはみんな真っ暗になってしまう。氷河期だ。
いつか、小さい自分を生かしていることが面倒になるときが来る。いや、来ないだろう。その前に、わたしは、大きな大きな大きな大きな大きな大きな大きな大きな大きな大きな自分自身にぺちゃんと潰されているはずだ。
わたしは自分のちっぽけさと、宇宙の壮大さを感じる。
あ、あ、また、くしゃみが、でそ、う。
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