この星一番の悩み

 高度な文明を持つキセノン星人たちのキセノン宇宙船団がワームホールから飛び出してきた。次のワームホールに入るまで、十五分ほどの短い余裕があった。

 デラックスな望遠鏡を覗いた一人が言った。

「あれを見てください」

「なんだ、どれどれ」

「まあ、ひどいわね」

 キセノン星人たちが見たのは枯れ星だった。荒廃した大地に飲み水の一滴も見ることができない。すべて汚染されたヘドロだ。到底、炭素生命体が生息できる環境ではなかったが、その星は違った。大勢の人間が飲み水を求めて苦しみもがき、喘いでいる。その様子をデラックスな望遠鏡はつまびらかにした。

「おそらくは核戦争でもやったんだろう」

「あわれなことね」

「どうでしょう、彼らを助けてあげられないでしょうか。我々の科学技術なら星全体に雨を降らせることも可能です」

 キセノン星人が上から目線なのも仕方がない。彼らの文明は枯れ星よりもはるかに進んでいるのだ。核戦争を克服し、同族で争うこともない。キセノン星人たちはその過程で他者をおもんばかるという文化を獲得した。

 キセノン船団の船団長は典型的なキセノン星人で、キセノン星人的なことを言い出す。

「ううむ、しかし彼らは雨を降らしてもらうことなど望んでいるかな?」

 船団長の言葉が染み入るまですこし時間がかかった。

「……ええ!? 望んでいるに決っているでしょう!」

 若い船員は素っ頓狂な声を上げながら反発した。

 船団長はそれを叱らずに、諭すように言う。

「自分たちの力でなんとかしたいのかもしれないだろう?」

 女性船員が船団長を擁護する。

「そうよ。余計なお世話だったらどうするの」

 若い船員は面白くなかった。

「今もああやって、水を探しているんですよ? ほら、神に祈っています!」

「それを楽しんでいたらどうする」

「えぇぇぇ……そんなわけないと思うんですが」

「我々、キセノン星人が誇る文化は、よその星の文化に口出ししないというものだ」

「僕もキセノン星人ですから、その文化の素晴らしさはわかっていますが……」

「この宇宙には特殊な思想を持った生命体がいるんだ。それを尊重しなければならない」

「ですが、彼らが水を求めているのは明らかですよ」

「どうだろうなぁ」

「本気で言ってるんですか??」

「ああ、本気だとも」

 女性船員が鋭いことを言う。

「ねえ、それなら直接、聞いてみればいいんじゃない?」

 その意見には船団長も若い船員も異論はないようだ。

「もっともだな」

「あなたの言うとおりです」

 女性船員は意味ありげにウインクした。

 若い船員は恥ずかしそうにうつむいて言った。

「しかし、十分ほどしか余裕がありませんよ」

「ああ、全員から意見を聞くのは無理だ。何万人もいる」

「代表者一人に話を聞いて、その人の願いを叶えるというのはどうかしら?」

「それがいいだろう。時間がないからやむを得ない」

 船団長は枯れ星の方を見た。

「それじゃあ、適当に一人を選ぶぞ」

「待ってください」

 また別の船員が船団長をとめた。

 作業するふりをしながら、話に耳をそばだてていたらしい。

「そういうことなら、いい装置があるんです」

 船団長は聞いた。

「ほう、その装置とはどういったものだ?」

「あれを」

 船員にうながされて船団長はモニターを見た。そこにアンテナが映し出される。宇宙船の外に取り付けられたものらしい。星々のきらめきを背景にしている。

「このアンテナから電波を照射すると、その範囲でもっとも悩みが深い人物を見つけてくれるんです」

「なるほど、それはいい」

「それなら、この星一番の悩みを解消してあげられるかもしれないわね」

「どうせ水不足でしょうけど……」

「やってみればわかることだ。許可を出す、その電波を照射するんだ」

「はい」

 枯れ星に電波が照射され、この星一番の悩みを持った人物が見つかった。

 彼がモニターに映し出される。痩せこけた男だった。見るからに深い悩みを持っていそうだ。もっとも枯れ星星人はみんなこんな姿をしている。

「我々はキセノン星人だ」

 男は虚ろな目をしている。答えはない。

 船員は進言した。

「直接、脳みそに話しかけてみたらどうでしょう」

「そうだな」

 船団長はマイクを取り替えて言い直した。

(我々はキセノン星人だ)

(うわ! なんだ?)

(偶然、君たちの星の近くを通りかかったのだ)

(え? え?)

(なにか悩みがあるなら、それを解消してあげようと思う)

(悩みだって? 願いを叶えてくれるのか?)

(そうだ。時間がない早くしろ。それでいてよく考えて答えるのだ)

(ついに幻聴が始まりやがった)

(幻聴などではない。あと一分のうちに答えるのだ)

(悩みか、最近、めっきり減っちまって)

「やっぱり水のことですよ!」

 若い船員は嬉しがった。

 船団長は無視してテレパシーを続ける。

(なにが減ったんだ?)

(前の方と、てっぺんと)

(はっきり言ってくれ、あと三十秒)

(毛だよ、毛)

(毛だと?)

(毛が減って悩んでるんだ)

(水ではないのか?)

(水もだが、薄毛が一番の悩みだよ)

(そうか、わかった)

 船団長は支持を飛ばす。

「毛だ。枯れ星に毛を」

「あいあいさー」

 キセノン船団は約束の発毛剤を雨のように枯れ星全体に降らせた。そして、あとのことは見ずにワームホールを通って去っていった。

 若いキセノン星人は呆然としながら言った。

「やはり、船団長の言ったとおり、宇宙には特殊な思想を持った生命体がいるんですね」

「そうだ。だから余計なお世話にならないように注意が必要なのだ」

「よくわかりました。出過ぎた真似をすいませんでした」

「わかってくれたらいいんだ」


 枯れ星では一年ぶりの雨が降った。それは見て枯れ星星人たちは天に向かって口を開けた。しかし発毛剤なので、とても飲めた味ではなかった。喉が焼けるようなのだ。そして全身に発毛剤をくらった枯れ星星人たちは猿のような毛むくじゃらの姿になった。

 彼らこそが我々の祖先、原始人である。何万年と世代を超えて効力を発揮し続けた発毛剤の成分も今では失われつつあり、またこの星一番の悩みを抱える男たちが増加傾向にある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る