クローンワイブス

 なんという美人だろう。

 十年前に八人の同級生が同じ人に恋をして、同時に結婚を申し込んだ。美人はたった一人に選ぶことができなかった。僕らは苦心して七体のクローンをつくった。そして、それぞれ結婚したのだった。

 同窓会、彼らに会うのは十年ぶりだった。

「やあ、奥さんはどうしたの?」

「もちろん、家に置いてきたさ」

「クローン同士が会っちゃあ大変だからね」

「いやあ、良かった、誰も連れてきてないようだね」

「まあ飲もうじゃないか」

「飲もう、飲もう」

「積もる話はそれからだ」

「乾杯」

 僕らは気持ちよく酔っ払ってしまって、それぞれのクローンワイフのことを大いに話し合った。十年前、完全に同一だった彼女たちは、今ではまるで別人だった。ぷっくり太ってしまったというものもいるし、整形狂いというのもいた。子供がないものもいたし、働きに出てしまって家に帰らないというものもいた。一日中怒鳴ってばかりというもの、あるいは一言も口を利いてくれなくなったというものもいた。

「つまるところ、君のワイフが一番ということじゃないか」

 リーダー格だった男が言った。当時、クローンをつくるにあたって一番お金を出した男だった。彼のワイフはまったくの守銭奴になったらしく、今はみすぼらしい格好をしている。

「そのようだ」

 僕は認めた。彼らと結婚した七人は自分のワイフとはまるで別人のように感ぜられた。

「のろけやがって」

 僕の背中をバシバシと叩くもの、ガハハと笑うもの、みんなそれぞれ僕をうらやましがった。すると僕の中でムクムクと怒りが成長した。バン! とグラスを置いた。

「君たちの愛し方が良くないのだよ」

 言った瞬間にはもう不味いことを言ったのだと気がついた。

「君のワイフが本物だったということじゃないだろうね?」

 彼ら全員が僕に疑惑の目を向けていた。あの日、誰かがイカサマをして、本物のワイフを盗ったのだと、今日までずっと疑っていたのだ。はっきりとは口にしないが、彼らの目がそれを物語っていた。

「……トイレに行ってくる」

 僕は嘘をついて、同窓会から逃げ出した。

 家に帰ると、彼女はツンと澄まして座っていた。十年前の美しさがそのままだった。

「帰ったよ」

「おかえりなさい」

 彼女は笑って駆け寄ってきて僕のカバンを取ってくれた。

「君のクローンのことは話してあったね」

「ええ、私の七人の姉妹ですね」

 彼女はクローンのことを姉妹という言葉で誤魔化す。

「それぞれ悪い男と結婚してしまったんだ。話を聞いてきたんだが、悲惨なものだったよ」

「本物のわたしはあなたと結婚ができて幸せでしたね」

「どうだろう」

「どうして、そんなことをおっしゃるんですか?」

 彼女は驚いて僕のカバンを落としてしまった。

「きゃあ!」

 僕が大きな金槌を持っているのに気づいたからであろう。

「もう君が穢らわしいものにしか見えない」

「そんな、わたしとわたしのクローンとは関係ないじゃありませんか」

 僕は答えられなかった。

「どうしてですか!」

「説明するべきだとは思うのだが……言いようがない」

 彼女は腰を抜かしたあとも必死に抗議した。死にたくないのだ。しかし僕は彼女の頭を割ってしまった。殴りやすい位置にあったから、存分に力が入った。彼女はパタンと倒れて、赤黒い血溜まりができる。ピクリとも動かなくなったあとも僕は見ていた。

「最初から僕一人を選んでくれれば良かったのだ」

 …………

 ……

 …

 しばらくして気分が落ち着いてくると、僕はワイフの死体を引きずって地下に潜った。リサイクル装置に死体を投げ入れる。死体が溶けて跡形もなくなったのを見届けると、僕は隣のクローン製造機から新品のワイフを取り出す。ワイフはパチリと目を覚ますと言った。

「怖い夢を見たんです」

「どんな夢だい?」

「あなたがわたしを殺してしまうんです」

「そんなことあるわけないじゃないか」

 口づけをする。

「僕は誰よりも君を愛しているんだよ」

「本物のわたしはあなたと結婚ができて幸せでしたね」

「僕も幸せさ。そうだ!」

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ」

 七人の旧友たちに新品のワイフをプレゼントしたらどうだろう。不要になったワイフをリサイクル装置に投げ込めば、費用もそれほどかからない。最初は戸惑うかもしれないが、すぐにこの素晴らしさに気がつくはずだ。新品のワイフは十年前の美しさがそのままだし、殺せばいいストレス発散になる。

 旧友たちは僕を笑って許してくれるだろう。悪用されないようにと壊したはずのクローン製造機を隠し持っていたことも、あの日、イカサマをして本物の美人を盗ったことも、彼女をとっくに殺してしまっていたことも。……むしろ感謝するに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る