4.かくれおに
サイレントピアノ
人間が増殖して、窒息するくらい密集するようになった時代。いろいろなものが発明され、そのひとつにサイレントピアノがあった。
サイレントピアノを演奏しているとき、彼の頭のなかでは素晴らしい音楽が鳴り響いていた。それは彼以外のだれにも聞くことのできない音楽だった。部屋のなかで聞こえるのは、鍵盤が弦を叩かず、虚しいノックを続ける音と、彼の息遣いだった。
その光景を目にした人々は、音楽ではなく、彼の心臓の鼓動のほうを強く感じた。だれも、彼の才能を疑うものはいなかった。いつか、世界中が彼の音楽で満たされると信じていた。
サイレントピアノのまえにはインビジブルピアノが発明されていた。これは空想のなかで鍵盤を叩くと、音が鳴るという代物だったが、使える人間は限られていた。
そしてついにピアノが発明されたのだ。これならば、だれもがピアノを演奏することができた。現実の鍵盤を叩き、現実の音がするのだ。それから、数々の名曲が生まれ、その名演を大勢の人々が聴いた。
ピアノは少しずつ改良され、現代見られるようなモダンピアノになった。人間の可聴域いっぱいまで広げられた鍵盤からは強い音も弱い音も出るし、ペダルを踏むことで音の長さも調整できる。
バルトロメオ・クリストフォリが思い描いた音楽、きっとそれ以上に素晴らしい音楽が世界を満たしている。今度はうるさすぎると言うので、またサイレントピアノが発明された。仮想現実や拡張現実の技術によって、インビジブルピアノの登場も間もなくだろう。
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