青い幽霊

「怖いのよ」

「幽霊が、ですか?」


 彼女は静かにかぶりを振って、話し始めた。


「お盆にお墓参りに行くと、いつも幽霊を見る。子供の頃から一年に一度、必ずのことよ。普段は霊感なんてないし、お盆の幽霊は、わたしにとって当たり前のものすぎて、気にもしていなかった。ああ、今年もいるな、そう思って、それだけ。そういう存在だから、今まで話さなかった。だから秘密にしていたわけではないの」

「――いえ」

「……記憶はないんだけど、母が言うには、三歳のときには、わたしは幽霊を見ている。お盆のお墓参りで、あすこにお姉ちゃんがいる、わたしはそう言って、駆け出した。十五分くらい行方不明になって、なにごともなく戻ってきた。

 四歳のときも、五歳のときも、同じようなことがあって、わたしはやはり、お姉ちゃんがいると言ったらしい。また駆けて行こうとしたけど、三歳のときのことがあるから、だれかが必ず手を握っていた。

 小学生になると、手を握られていなくても、駆け出すことはなかった。そして、この頃からの幽霊の姿ははっきり覚えている。中学生か高校生くらいの女の子だった。

 上手く説明できないけど、幽霊を見れば、幽霊とわかる。なんとなく青いオーラをまとっている感じで、体が透けているとか、足がないということではない。

 一応、完全な人間の形をしているし、一瞬の隙に消えるということもない。だけど、わたしの家族には見えないらしい」


 そこまで話すと、彼女は一息ついた。

 好物のグレープフルーツジュースを一口飲んで、

 それからまた語り出す。


「幽霊は中学生か高校生くらいの女の子の姿だと言ったけど、それは小学生の頃に見た姿で、それから幽霊は若返っていった。一年ごとに、一歳、若返っていくみたいだった。だから、わたしが高校を卒業する頃には、幽霊は小学生くらいの女の子になっていた。

 また、説明のしにくい、直感的なことだけど、その年ごとに別の幽霊が現れたのではないの。同じ幽霊が若返っていったことに間違いない。それを不気味だとは思わなかった。たとえば、だれかの寿命を吸い取っているとか、そういう邪悪さは感じなかった。彼女は単に、わたしたちとは逆の時間を生きているだけのような気がした。

 ――今年のお盆、わたしは幽霊を見なかった。でも、気になって、親族の列からそっと離れた。いつも、幽霊の姿が見えていた辺りに行ってみたの。知らない人のお墓とお墓の間、まだ使われていない土地があった。

 そこで、わたしは、赤ん坊を見つけた。幽霊が若返った姿で間違いない。こうなることは予想していたの。去年のお盆に見たときには、幽霊は幼児の姿だったから。今年はついに赤ん坊にまで若返ってしまったのよ。

 わたしは発作的に幽霊を抱き上げた。そして、ゆっくりと揺すった。赤ん坊の幽霊は揺すると泣き止み、揺するのをやめると泣き出す。わたしは必死になって抱き続けた。この子が眠るまで、ずっと」


 彼女は今も両腕を揺らして、見えないなにかを抱いている。

 おそるおそる聞く。


「それで?」

「怖いのよ。この子が、あと一年したら消えてしまうんじゃないかって。まるで、自分のことのように。昔のアルバムを見たの。そしたら、この子、赤ん坊の頃のわたしにそっくりだから」


 そう言いながら、彼女はなんの解決も期待していないようだった。

 どうしたらいいのかなんて、なにもわからない、わかりっこない。想像したのは、死んだ彼女が青い幽霊になって、二十年以上前のお墓に立っているところ。

 そこで彼女は、三歳の自分自身と遊んでいる。

 それから二十四年後には……

 なぜか、ほかにお客のいない喫茶店で、赤ん坊の笑う声がした。

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