因果のパラシュート

 おれには自慢の親友がいる。だけど、明日から、おれには自慢の親友がいた。と、こう言わなければならないだろうなぁ。あるいは、自慢の親友だったのに、とか、お悔やみ申します、とか、こんな不運な事故があって良いわけがない、とか、怒ってみたり、あんな良いやつはいない、おれが死ねば良かった、とか、泣いてみたり、そうしなければならないだろうねぇ。

 殺人事件は、身内とか、友だち、恋人が犯人であることが多いらしい。だから警察はまず、血縁と交友関係を調べる。おれにはこの話がいまいちピンとこなかった。それも一週間前までだ。

 おれは親友のことをたまらなく殺したくなってしまった。理由なんてどうだっていいだろう。女の問題だ。金の問題だ。劣等感のせいさ。これを解消できなきゃ、とても生きていけない。どちらかが死ななきゃならんなら、自分を生かすのは当たり前のことだろう。

 おれと親友は、つまり親友同士だから、一緒にいる時間も長い。したがって、じっと待っていれば良かった。完全犯罪で殺せるタイミングをね。そしてついにチャンスが巡ってきた。

 ――パラシュートだ。

 おれと親友はアメリカでスカイダイビングを楽しむことになっていた。これは半年も前に決めたんだぜ。その頃は親友を殺すなんて思いもしなかったな。

 パラシュートの仕組みは細かく勉強しておいた。それでどういじればパラシュートが開かなくなるかも知っていた。そこに来て、おれ以外がパラシュートから離れる瞬間が訪れたんだ。まるで悪魔が今だここだと囁いているようだった。おれは躊躇せず、その声に従う。ずっとこの瞬間を待っていた。

 細工はうまくいったと思う。誰にも見られなかったはずだ。これで親友はぺちゃんこになり、しかも事故として処理されるだろう。証拠が残るようなちゃちな細工はしていないし、ミス・マープルはアメリカにはいない。

 計画は万事順調に進んではいたが、何食わぬ顔を装うのには骨が折れたよ。

「なにか飲まないか?」

「オヒョッ」

「ど、どうしたんだ?」

「エヘ、エヘ、ナンデモ、ナンデモナイ」

「なんだよ、変なやつだな」

「イヤァー、マイッタナー」

「そうか、びびってるんだろ」

「ビ、ビビビッテナンカナイサァ」

「びびってるじゃないか」

「ダイジョウブ、ダイジョウブ」

「今さら、やめるなんて言うなよ」

「アア、ダイジョウブ、ダイジョウブ」

 こんな具合にうまく誤魔化した。

 セスナは空高く飛んだ。雲の上に出ると、背負ったパラシュートの最終確認が行われた。親友はライセンスを取得していたから、自分でパラシュートのチェックを行った。それで見つかるような細工はもちろんしていない。

「よし、オーケーだ」

「オーケー」

 おれと親友は景気づけにお互いを叩きあった。

 カウントをし、二人ほぼ同時にセスナから飛び降りる。

 雲を抜けると、おれはそうそうにパラシュートの紐を引っ張った。先におさらばというわけだ。親友がパラシュートの開かないことに気づいたら、おれにしがみついてくるかもしれないからな。

 はたして、おれのパラシュートは開かなかった。だがすぐにパニックに陥ることはない。こういう場合のシミュレーションはしている。

 おれは続いて、予備のパラシュートの紐を引っ張った。え、開かない。待ってみても、もう一度、引っ張ってみても、どちらのパラシュートもうんともすんとも反応しない。内臓が凍る。血液が逆流する。死神に心臓をつかまれたようだった。みるみる地面が近づいてくる。

「どうかしたのか?」

 親友の声が無線を通して耳に届く。

 おれは震えて答えられなかった。

「落ち着け。まだ地上まで、けっこうな時間がある。体を水平にして風を受けろ。減速するんだ」

「ア、アア、パラシュートガ……」

「開かないのか」

「アァ」

 おれはようやく自分の身になにが起きたのか気がついた。

 どこかのタイミングで親友のパラシュートが、自分のものと入れ替わったのだ。おれは自分の仕掛けた細工によって死ぬのだ。これが因果応報というやつか。

 親友は言った。

「おれの体につかまれ!」

「エッ?」

「おれのパラシュートがある」

 親友はおれの腕をつかんで、力強く引き寄せた。

「そのまま楽にしてろ。フックをかけるぞ。……よし、これで大丈夫だ」

 フックの安心感からか、おれは急に冷静になった。

 緊迫した状況なのに、何気ない言葉が口をつく。

「お前、いいやつだな」

「なに言ってんだ。当たり前だろ」

「そうだな。親友だ」

 おれは自分が情けなくなった。深い後悔とともに、改心しようと誓う。

「いいか、パラシュートを開くぞ。しっかり、つかまってろよ」

「ああ、わかった」

 おれはそう答えて、親友の体にしがみつく。

 親友はパラシュートの紐を引いた。

「……ん?」

「……ん?」

 なにも起こらない。

「いやあ、こんなこともあるんだな。大丈夫、まだ予備がある」

 親友は予備のパラシュートの紐も引いた。

「……ン?」

「……ン?」

 予備のパラシュートも開かなかった。待ってみても、もう一度、引っ張ってみても、メインも予備もうんともすんとも反応しない。

 おれはやけくそで自分のパラシュートを何度も引っ張ってみるが、いくらやっても開くことはない。親友の方も同じらしい。

 抱き合いながら自由落下する男二人。

 なにも語らずともお互いのしたことが通じ合っていた。

 二人別々に似たような計画を実行したことに気づいたのだ。

 殺してしまうのと、命の恩人として一生でかい態度を取ろうとしたのと、どちらが性格が悪い? どちらとも言えないと思う。そんな所感さえ、同じ心境に落ち着いたらしい。責め合うこともせず、ニッと笑いあう。

 このとき、はじめて、真の意味で親友になれたのかもしれない。

 命のやり取りまでして、完全に和解できたのだ。

 ああ、ほんの一瞬だっぐちゃっ

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