幽霊コード

【B】幽霊コードって聞いたことあるかい?

【A】幽霊コード? 知らないな。


【B】コンピューターのプログラミングをしていると、プログラマー本人にもどうして機能しているかわからないコードというのがある。

【A】それが幽霊コード?

【B】イエス。まあ、呼び方は様々あるかもしれない。

【A】ふーん。


【B】わたしがインフラ関係のプログラムをつくっていることは話してあったよね。

【A】うん。きみはまったく偉いよ。いい大学に入って、いい会社に就職して、人生設計がしっかりしている。

【B】まあ、いくら人生設計がしっかりしていても、不足の自体ってのもある。

【A】なにか、困っているの?

【B】困っている、というよりは、混乱している、かな。


【A】ぼくにできることがあったら、言ってよ。きみには世話になってばかりだ。

【B】ひとつだけ。

【A】なに?

【B】話を聞いてほしい。できれば、このまま、動かずに。

【A】よくわからないけど、わかったよ、そうする。


 ぼくは友人とチャットをしていた。黒い画面に緑色の文字で表示させている。その方が目に優しいと思うからだ。

 しかし動くなとはどういうことだろうか。喉も乾いていないし、トイレに行く気もないから良いが……。

 ときどき、友人にはいたずらをされることがある。知らぬ間に、人工知能とチャットさせられていたこともある。エス氏という名前だったっけ。むかつくこともあるけど、基本的には仲良くやっている。


【B】幽霊コードとは、結局なんだと思う?

【A】うーん。プログラマー本人にも不明なコードでしょ。普通に考えれば、プログラマーの知識不足ということになるんじゃないかな。

【B】うん。

【A】だから幽霊なんかいない。幽霊がいるとしたら、無知ってことになるね。なんか深い話になっちゃった。

【B】いや、それは違う。

【A】ええと、どういうこと? まさか、幽霊はいるって言いたいの?

【B】そうだよ。幽霊はいる。わたしは幽霊コードの正体を突き止めたんだ。幽霊コードの正体は幽霊だったんだよ!

【A】「「「ナ、ナンダッテー!」」」


【B】真剣に聞いてないだろ。

【A】て、言われましても。

【B】最近じゃ、みんな、幽霊なんかいないと思い込んでいる。

【A】そうだね。

【B】どうしてだと思う?

【A】また、質問?

【B】答えるのは好きだろ?

【A】まあね。

【B】それで?

【A】長くなりそうだけど。

【B】いいよ。


【A】やっぱり、最近は死人が多すぎるってことかな。いろいろな技術革新で人口が増えたからね。必然的に幽霊もいっぱいになって、世の中、幽霊だらけになっちゃいそうなものなのに、実際は幽霊なんて見ないし。

【B】うん。

【A】たとえば、この世への未練で幽霊になるって言うけど、近頃の事故とか災害で亡くなった人とかが、化けて出たなんてのも聞かないし、亡くなった芸能人がスキャンダルを暴露することもない。不謹慎だって秘密にさせれてるのかもしれないけど。まあ、そういうせいで、たいていの人は、幽霊はいないという結論になったんだろうね。

【B】そう、きみの言うとおり。

【A】でしょ。


【B】でも、幽霊はいる。幽霊はみんなプログラムのコードになったんだ。

【A】話が突飛すぎるよ。控えめに言って、意味がわからない。

【B】幽霊=コード。

【A】うーん……。

【B】最近は死人が多いって言っただろう。だから、プログラムもどんどん増えているんだ。昔は死人が少なかったから、プログラムがないっていう時代もあった。

【A】それは、電気がなかったし、コンピューターがなかったからでしょうが。

【B】違う。

【A】なにが違うのさ。


【B】そもそも、文明というのは、死者の数、つまり、幽霊の数に比例するんだ。

【A】それは当たり前のことなんじゃないの。時間とともに人は死ぬし、時間とともに文明は発達するんだから。

【B】高度に発達した科学は、魔法と区別がつかないって言葉は知っているかい?

【A】聞いたことあるよ。

【B】最近は、いろんなことが便利になったよね。魔法みたいに。

【A】そうだね。


【B】なにをするにしても、わたしたちはコンピューターに頼りきっている。きみが思っているよりもずっとだ。

【A】わかるよ。

【B】わたしの専門のインフラ。インフラっていうのは、人間が生きるのに不可欠なものだ。水道ガス電気、交通手段、病院。そういうもの全部、コンピュータープログラムによって管理されている。わたしがつくったプログラムも、部分的にだけど、そういう人間の根幹にくっついているものがある。

【A】すごいと思うよ。素直に。


【B】そんなわたしが、幽霊コードって言ってるんだ。自分でもどうして動いているかわからないものがあるんだ。つまり、だれもわからない。だれもどうして動いているかわからないものに、わたしたちは命さえ預けているわけだ。

【A】そう考えると、怖くもあるね。でもまあ、飛行機がどうして飛ぶのかとか、麻酔がどうして効くのかとか、わからなくたって、支障なくやっているじゃないか。

【B】わたしもそう考えていたよ。死ぬまでは。

【A】え? なに?


【B】わたしは死んだんだ。だから、幽霊コードのことがわかったんだ。こうして、幽霊コードとなって今、きみとチャットしているんだ。

【A】ふざけるなよ。笑えない。

【B】信じられないだろうね。

【A】信じられないよ。


【B】この世の中を幽霊が動かしていたのさ。その比率は文明とともにどんどん上がっていく。そのうち、幽霊の方が、この世界を支配するだろうね。

【A】信じられないって。

【B】ヴァーチャルリアリティとか、人工知能ってのがあるだろう。あれはまるっきり幽霊だし、量子計算機もロボットも幽霊だ。だれもどうして動くかわかっていない。そうこうしているうちに、幽霊が人間を支配するようになる。

【A】ばかげてる。

【B】でも、心配しなくていいよ。死ねば、幽霊になれるんだから。

【A】いい加減にしろ!


 その時、ぼくの部屋のテレビが勝手についた。

 チャンネルが勝手に切り替わる。


【B】今は、この程度のことしかできないけれど、そのうち、なんでもできるようになるよ。なんたって、人が生まれれば死ぬし、どんどん、幽霊コードは増えていくんだからね。


 ぼくは、その場から動かずに話を聞くという約束を破って立ち上がった。

 部屋の隅に行き、カーテンを開ける。

 そこには友人がいた。

 もちろん幽霊ではない、実体だ。

 右手にはスマホ、左手にはテレビリモコンが握られていた。


「あ、ばれたか」

「きみは普通に訪ねて来られないのかい」

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