BOY CAN'T MEETS GIRL ON GLASSES.(Side-EX)/ 中

 決勝は、格闘だ。今度はパンチやキックが主体になる。技の出し方にも制約がたくさんあって、過去に出た危なっかしい技や、見ててつまらないのも禁止されまくり。まあ、「歩行」ロボットの大会でしゃがみ大パンチ最強とかないよね。わかります。

 わかるけど、それに合わせてバトル用のコードに入れ替えるのは私なんですよー。幸村は例によってハード担当、両親はバッテリーの急速チャージとか色々。機体については、できるだけ私たちにまかせる方針だって。

 出場チームはだいたいがそういう再調整で忙殺されて、他所のチームをじっくり偵察してる余裕はない。逆にさっさと調整終えたチームは、テスト用のリングや観客の前で、試運転してたりするけど。

 瑠衣さんはどうしてるのかな。アリスはあの見た目だから、出せばみんな寄ってくると思うけど……

 ちらと見ると、向こうも調整に手間取ってるのか、タブレットとにらめっこでファンサービスどころじゃないみたい……いや、待って。なんか様子がおかしい。

 と思ったら、いきなりスマホをかけ始めた。別の誰かと? でも、雰囲気から言って、ただごとじゃなさそう。

 どころか。瑠衣さんはいきなり、アリスをケースに戻した。え、ちょっと待って、これから決勝よ?

「父さん、続きお願い」

 作業を親に押しつけると、私は瑠衣さんに駆け寄った。彼女はもう、脇目もふらずに控え室を出て行くところだから、受付まで追いかけるはめになった。

「待って、どこ行く気?」

「辞退して帰る」

 私の問に、瑠衣さんは簡潔に、そして語気荒く答えた。ステージでの、おっとりした雰囲気が嘘みたい。

「なんで? 弟との約束はどうなるの?」

 私の声は、そこまで強くも大きくもない。相手の都合だもの、けど幸村が聞いたらなんて言うかと思ったら、引き留めずにはいられなかった。

 瑠衣さんは足を止めてくれた。ゆっくり振り向いて、半円のレンズが午後の日差しに光る。眉がきつくV字になっていて、当初のりりしい印象を越えて、きつい。

「アリスは亞梨子、亞梨子はアリス。どちらが欠けても戦えないし戦わない。人との約束なんか二の次よ、悪いけど」

「……亞梨子ちゃんに何かあった?」

「詮索しないで」

 あちらは妹のため。こちらは弟のため。姉同士のにらみ合いになるかと思ったけど、だめだ、気迫で負ける。だって、こっちは気づいてるもの。向こうは「病室」にいるって。

「分かってもらえたなら行かせて。再戦の機会ならまたあるでしょ」

 それきり、瑠衣さんは私のほうを二度と振り向かず、会場を出て行った。


 よりによって、決勝トーナメント第一試合に、私たちとアリスの対戦が組まれていた。普通は予選成績が近い同士は離すでしょうに。

 私たちはそれでも、もしかしたら突然、亞梨子ちゃんの具合が良くなって、戻ってくるんじゃないかと。かすかな期待とともにリング脇に待機していたけど。

 レフェリーはむなしく、私たちの不戦勝を告げた。会場からも、いかにもガッカリというため息があふれる。そうよね、そりゃ見たかったよね。

 でも、一番残念そうなのは幸村だ。コントローラーを握りしめて、調整不足のロボットみたいに震えて、やり場の無いなにかを噛みしめてるのがわかる。

 それが全部、二回戦にぶつけられたのか、コンバットバトラーは相手のロボットをストレート三本先取で圧倒した、けど。

 どこか私たちのネジもゆるんじゃったんだろう。準決勝で、腰関節が外れて起き上がれなくなっちゃった。

 全国大会初出場で四位なら立派なものだと言いたいけど、気分的には惨敗ですよ?



 大会翌日は普通に平日。私も幸村も疲れ切った顔でよろよろと登校するはめになった。帰りが遅かったのもあるけど、そのあと大会サイトのエントリーリストから連絡先をたどれないか、とか試して遅くなっちゃったせいもあり、まあ、すっきりはしてないわ。

 瑠衣さん達、どうやらサイトやSNSはやってないし大会サイトではメルアド非公開みたいで、本当に再戦できるのかもわからなくなっちゃったし。

 逆に「アリス ロボット」で検索すると、定番名前すぎて雑音がやたら多くてだめ。

 学校にはそこまでのロボット仲間はいないから、何でぼんやりしてるのか、わかってもらおうとも思えないまま帰宅して、ぼんやりとベッドにカバンを放り出し、もそもそと着替え始めたころ、ばたばたという足音が聞こえてきた。

 間違いなく幸村のだけど、ずいぶん元気そうだ。なにかいいことでもあったのかね、とぼんやり考えてからふと気がついた。しかし待ちたまい、このままだとベタベタなお約束展開になるよ。狙ってるんじゃないでしょね。

 焦って手を早めたものの、スウェットを被ったところでドアが勢いよく開かれて、VR眼鏡かけた幸村が飛び込んできた。

 まあ、かろうじて肝心なところは隠せたけど、下乳からおへそのあたりまでは見えちゃってるな、これ。

 いいかげん、お約束のセリフも言いたくないな。まあいいか、ここまでなら、と変な諦念とともに、固まってる弟の前でとりあえずちゃんと着ると、黙って近づき、無言で脳天をこづいた。幸村の眼鏡がかくんとずれる。

「なにを期待してたのかなぁ?」

「そ、そんなんじゃねーし」

 返事はお約束だぁ。

「じゃなくて、千鶴ねえも眼鏡はやく。ついに見つけた!」

 幸村はずれた眼鏡を直しながら急かす。む、ただならぬ様子と理解した私も眼鏡をかけてスイッチを入れ、VRデータを同期する。ホストのパソコンは幸村の部屋だろうけど、見るだけだったらこれで十分。

 視界に映ったのは仮想現実空間じゃなくて、どこかのサイトの画面。ARモードで目の前に投影されてる感じ。

 オープンのSNSじゃないな、古典的なフォーラムってやつ? タイトルからして、ロボットビルダーのらしいけど、ホビーより実用系に近い感じかな。クローラ型レスキューロボットとか極限作業、介護補助の話題が並んでる。

 こんなの、あの子達とどう関係があるんだろう、と思ってたら、画面が勝手に階層潜って、こんなところでもやっぱりある雑談系のツリーを表示した。幸村が操作してる。

「ほら、ここ。あいつら、ゾーンに出入りしてやがる」

 ええと、それって例の、謎の立ち入り禁止区域のことだよね?

 幸村がポインタを向けた先で、「合法的」に入れるって噂の外資系高校にいるらしい、KANAってハンドルの人が、ゾーン用の飛行ドローンについて技術的議論をしてる。

 その同じ人が別のタブで、雑談してる相手のハンドルが……Alice!!

「いや、よくある名前だよ?」

「これでもか」

 幸村がスレッドをたぐっていくと、今度こそ疑いなく、見たことのあるドールロボットの画像が映し出された。

 間違いなくアリスだ。でも、知ってるのとひとつ違うのが――翼がついてること。

 背中に、飛行機みたいな翼と、たぶんジェットエンジン? がついてるんだ。

「え、まさか、アリスって、飛べるの?」

「大会では飛行禁止だから、仕様変えてきたんだと思う。でも、きっとこれでゾーンに飛んでいってる」

「なんでそう思う」

「直接は言ってないけど、この、KANAってのとの会話からはそう見える」

 たしかに、KANAが「部活」でゾーンにレスキューロボットを送ったあと、雑談でAliceがKANAに呼びかけてる。なるほど、出先でロボット同士を会わせてるんだ。

「よく気づいたなあ。冴えてるねえ」

 うりうり、と、私は幸村の頭を撫でてやった。

「学校で、ゾーンファイトやってるやつに教えてもらった」

 幸村は言いにくそうに打ち明けた。あー、非合法のいけない遊びをしてるのがいるわけだ。立ち入り禁止の廃墟とかでバトルやドローンレースやるようなのと付き合っちゃいけません、と、姉としては言うべきなんだろうなあ。

 でもそうすると、あの姉妹もその、悪い仲間に入っちゃうのかな。瑠衣さんはそういうタイプには見えなかったけど、亞梨子ちゃんは……出歩けないぶん、ロボットではハメを外しちゃう、てことはあるかもね。

「……行くの?」

 同じようにロボットを送り込めば、Aliceと会える。再戦の約束が、叶うかも。けど、それはちょっと、ためらうようなことで。

「……千鶴ねえも一緒なら」

「こいつう、共犯者にする気だな」

 でも私は何故か嬉しそうに笑いながら、弟の頭をぐりぐりしてた。


 ところで弟よ。眼鏡に残ってた、私の着替え途中の画像は消させてもらうからね。

(後編に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る